的中率100%の気象予報士

「去年までは鼻にもかけて無かったのに今年になってから随分と推すのね」


 県道沿いの歩道を並んで歩いている時に俺の彼女である白井雪江しらいゆきえがスマホに目を落としながら呟いた。


「今年のあの人の予報は外れなしだからな」


 あの人とは今年になって人気急上昇中の気象予報士。雨宮晴夫あめみやはるおのことだ。


「名前からしても適職って感じよね」


 雪江は相変わらずのながら歩き。いくら注意しても聞く耳を持たない。だから俺もそのことについて言うのは止めた。


「でも見て。スマホの雨雲レーダーだと関東には雨は降らないって出てるわよ」


 横からの声に俺はそれとなく空を見上げる。確かにこの空模様ならば雨は降りそうもない。しかし…。雨宮は降ると言っていた。もちろん全域ではなく南部。つまりは太平洋側のこの辺り。


あきらの一推しの予報士さんも今回はハズレみたいね」


 とりあえず苦笑はしておいたが、俺の信頼度は100%で変わらない。だからこそ雪江に笑われながらも折り畳みの傘を持参していたのだ。



 台風の発生や進路予想。さらには春一番や梅雨入りまで正確に予想した雨宮の評判はうなぎ登り。一時期はテレビ局で争奪戦が繰り広げられたほどだ。


「機械じゃわからないってこともあるんだよ。ま~見てなって」得意そうに話した直後だった。ピタッと何かが顔に当たった。それを雪江も感じ取ったらしい。


「うそっ!?」と画面から顔を上げる。


 互いに見上げた空はほとんど晴れていた。そしてまたピタッと身体が水滴を感じとる。その数秒後、サーッと雨脚が強くなり慌てて俺は傘を開いた。


「まさに備えあればって感じね」


 雪江は身体を密着させながら声を漏らしたが、俺はただ雨宮を信じていただけと心の中で呟くにとどめた。それから俺たちは目についたカフェに入った。そして雨宿りを兼ねながら冷たい飲み物で喉を潤した。


「そういえば、この先にあるコンビニが潰れるって晃は前に言ってたけど、あれも当たったわよね。もしかして晃にも未来が見えたりするのかしら」


 半ば冗談のような口調だったが、雨に濡れたウインド越しにそんなことを言った覚えがあると濡れた車道を眺めていた。


「でも、あの雨宮さんって人。あそこまで正確に言い当てるとなんだか気味が悪いわよね」

「それは言えてるな。でも俺が思うに今年いっぱいじゃないかな」

「えっ?なんで?」


「いや、ただ、そんな気がするだけさ」言った後で照れ臭そうにストローを咥えてアイスコーヒーを啜る。


 気がするとは言ったものの、これは断言できる。それと冬にはこんな関係も終わりを告げる。雪江が浮気をして別れることを俺は知っていた。好きなのかわからなくなった。恋愛小説にも出るような台詞を置き土産に雪江は去っていく。話したところで雪江は有り得ないと笑うだろう。だが、今の俺には冗談話と笑い飛ばすことは出来ない。


 雨は雨宮の予報通り夜半まで降り続いた。気象アプリはスマホから削除され、雨宮のチャンネルだけが登録される。もはや天気に関しては雨宮だけを信頼する流れになった。それでも俺は当然のことと驚きもしなかった。なぜならその真相を誰よりも知っていたからだ。


 在り来たりの予報しかしてなかった雨宮がここまで正確に言い当てるのには理由がある。でなければあそこまで自信に満ちた言い方は出来ない。間違いない。


 彼も今年に戻って来たのだ。



 雪江と別れてから迎えた正月のことだった。俺はなぜか付き合いだした雪江と繰り出した神社に居た。その後、テレビで雨宮を見た。去年は雪が降らないと断言していた雨宮が関東は大雪になると言葉を変え、その予報通りに大雪になった。その時は何も感じなかったが、その後の度重なる的中予報を見て彼もきっとタイムスリップをした一人なんだと確信した。


 なぜ一年なのか、何が原因なのか、俺と雨宮以外にも居るのかは全くわからないし、口に出すことも出来ない。それは雨宮も同じだろう。


 体験を生かして多大なる報酬を得て名も売った雨宮だが、的中率100%は今年いっぱい。対して何事もなく同じように時間を過ごした俺。結果的にどちらが良かったのか。


 それはタイムスリップ同様、いくら考えても答えなど導きだせないであろう。

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