夢の代価

 皮切りは月給が十五万円だったときの百万円だった。確か二十二歳の時だ。飛び跳ねたい衝動を妙な疲れに惑わされ喜びすら表せなかった。高額当選ということで俺は銀行に中古で二十万円という車で向かった。車を駐車場の端の方にねじ込むと何食わぬ顔で行内へと歩き事の旨を告げた。


 一等や二等じゃなくても誰もが俺の方を見ている気がする。こんな見窄らしい格好した若造だ。無理もないと俺は冷静を装う。身分証明書など提示してあれこれと行員からの話を耳にしながら俺は夢の中で見たシーンを回想している。


 

 一富士二鷹三茄子。これは初夢に見ると縁起がいいとされることわざだが、初めて高額当選した年に見たのは富士でも鷹でもない。宝くじの売り場だ。徐々に鮮明になる売り場に赴きバラで十枚買うと高額当選する。もちろん初めはただの御ふざけだった。我ながらバカなことをしているのだとハンドルを握りながら何度も苦笑を漏らした。


 しかし、その二年後にまた同様の夢を見て百万円を手にする。そこで単なるビギナーズラックではないことを悟った。それが俺の特殊能力なのだ。


 神のお告げとも取れる夢は二年ごとに訪れ、時にはそれなりに遠い場所もあったが、当たるのが分かっているのだから無駄足とも思えない。


 二十六になった時、仕事が苦痛になって仕事を辞めた。どの道、この能力がある。質素に暮らして行けば金には困らない。だが、二年が経過しても売り場の夢は一向に見ない。仕方なく三年目に俺はとある会社に就職をした。給料は安かったものの、特に不満もない仕事だった。夢を見たのはその二年後、つまりは仕事をしていないとお告げは来ないということらしい。



「どこか具合が悪いんじゃないか?」


 三十歳で夢を見た翌日、会社の上司が心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


「ちょっと疲れてるだけだと思うんですが…」


 口から出たのは本音で、今朝などは起き上がるのがやっとだった。


「なんだか妙に老け込んで見えたからさ」


 無理するなと言いながら上司は手と口角を一緒にあげる。どうやら上司も同じように感じていたらしい。体調不良を理由に会社を早引けした俺は売り場へと車を走らせた。


 一千万円の当選を知ったのはその数か月後だった。一千万という数字は俺にとっては超が付くほどの高額だ。独身で借家住まいだから、寄付のお願いなどが来ても然程心配はないだろうが、万が一ということもあると、適当な理由をつけて二度ほど引っ越しをして、車も古いので壊れたと乗り換えた。中古で百万円だった。


 倦怠感もなかなか抜けない。いっそ辞めてのんびりするかとも思った。とは言え、仕事あっての夢であることも知っている俺は派手な生活もせず会社には休まずに行った。その甲斐あって二年ごとに百万円を得て、四十歳を迎えて数日が過ぎた今朝のこと。俺は再び夢を見た。


 しかし、起き上がろうとした途端、身体が重く動かない。まるで鉛のようだ。不意に病気とは別の嫌な予感が走った。それでも仕事に行かねばと寝床から這い出てヨタヨタと洗面所に向かった俺は鏡を見て腰を抜かしそうになった。



「これは…俺か!?」


 多かった髪がすっかり消え、さらには顔の至る所に見たことのないシミや皺も刻まれていた。


「うちの親父よりも…爺さんじゃないか―――」


 変わり果てた姿に顔を洗う気力も出ずしばらく呆然と立ち尽くしていた。とても会社には行けない。俺は辞めるとだけ言って一方的に電話を切った。黒電話の受話器さえ心なし重く感じた。部屋の中で枯れたような手を見つめていると、気のせいだと目を背けていた夢と身体の関係が合致したように思えた。


「百万円で一年…か」


 顔をユラユラと揺らしながら今回の当選金が頭に浮かんだ。恐らく三千万円だろうと。だとすれば辻褄が合う。もう俺は四十歳にして身体は八十半ばを過ぎているのだから。こんなことなら高級車でも買って派手に遊んでも良かった。あるいは海外旅行でも。


 否…そうじゃない。


 特殊能力を与えた神を呪うべきだろう。それとも億という金額でなかったことに感謝すべきか。

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