おみやげ

 ボクは初めて冒険に出るようでワクワクした。小学二年の冬休みに親戚の叔母さんの家に行くというものだけど、いつもはお父さんとお母さんと車で出かけていた。


 今回は一人。だからバスで行かなければならない。家から一番近いバス停の場所をお父さんから教わる。時間はそこに行かなければわからないとも言われた。そしてどこの何というバス停で降りるのかも聞いた。その日、ボクはバスが来る時間もわからないのに速足で向かった。


 なんだか心臓がどきどきしているのがわかる。初めて一人でバスに乗る。少しだけ大人の階段を上るような気分だ。けっこう待ったのか、それともたいした時間でもなかったのか、ぼんやり眺めていた先にバスが見えた。


 来た。


 ボクは深呼吸を何度か繰り返す。扉が開いた瞬間、ボクはいそいそと乗り込んで適当な場所に腰を下ろした。まずは無事に乗れたとホッと息を吐き出す。バスがゆらゆらと揺れ出した頃、それに調子を合わせるかに車掌さんがボクのところにやって来た。



「どちらまで行きますか?」


 ボクは頭に何度も呟いた停留所の名前を言う。お金を渡した後、パチンと切符が切られた。乗る時と降りる時では二歳くらい大人になった気がした。そこからまっしぐらに叔母さんの家に走った。冬でもぜんぜん寒く感じない。吐き出す息が嬉しさに包み込まれていた。


「一人で来たんかい?偉いね~」


 叔母さんはボクを見るなり顔をくしゃくしゃとして笑った。夜になったら叔父さんも帰って来た。この家には子供はいない。だから叔母さんも叔父さんもボクを自分の子供のように可愛がってくれた。


 ご飯を食べてからは叔母さんとお風呂に入った。木で出来たお風呂で外から叔父さんの声が聞こえる。


「どうだ?湯加減は?」


 ボクの家と違って叔母さんの家は薪を使ってるとのこと。夜はもちろん二人の間に入って一緒に寝た。いろいろ話した気もするけど、知らない間に眠ってしまったようだ。


 気が付くとバス停に向かう時間になっていた。叔母さんは名残惜しそうに一緒に来てくれた。


「またいつでも遊びに来なよ」


 そう言って新聞紙に包まれたものをボクに手渡した。


「これはおみやげだからお母さんに渡しておくれ」


 受け取るのとバスが見えるのが同じくらいだった。ボクは片手では持てないようなものを抱えるようにしてバスに乗り込み、見送る叔母さんに手を振った。あとはもう家に帰るだけ。


 吹きさらしのようなバス停は寒かったけど、バスの中は暖房が効いていて温かい。そのせいもあってか少しすると鼻水が出た。バスに乗ってるのはボクを入れて十人くらい。


 何度か扉が開いて人が乗り降りした頃だった。鼻水も治まったボクの鼻がおかしな匂いを感じた。誰かがおならをしたような匂いだ。でもだんだんそれがボクの膝の上にあるものからだとわかり恥ずかしくなってしまった。


 どこからか鼻を鳴らす音が聞こえる。それから笑い声も。ボクはじっと黙って俯いた。そして、なんでこんなのくれたんだろう、と新聞紙を睨みつけた。バスが止まって誰かが降りる。ボクが降りる場所はまだまだ先。扉が開いて一瞬だけ匂いが弱くなった気がするけど、走り出したらまたプーン、と匂い出す。まるでボクがおならをしたみたいだ。


 隠れるように縮こまっていたら、堪らず涙が零れそうになった。でももう少しの辛抱だと口を強く結んだ。しばらくしてバスの扉が開くと、後ろから聞こえた足音がボクの横で止まって、ポンと肩を叩かれた。ビックリして顔を上げると知らないお婆さんが立っていた。


「美味しそうな匂いでお婆さんお腹が空いちゃったわ」


 そう言ってニッコリ笑うとゆっくりバスを降りて行く。ボクが降りる一つ前のバス停だった。お婆さんの一言でボクは少しだけ背筋を伸ばした。やがて馴染みのある停留所の名前が聞こえ、バスが静かに止まって扉が開く。いそいそと前に向かって行くボクを見て車掌さんがこう言った。


「良い匂いがしたんでお腹の虫が鳴っちゃったよ」


 それからすぐに運転手さんが、「今夜はそれで一杯やりたいくらいだ」と楽しそうに笑った。


「ありがとうございました」


 ボクは二人の笑顔につられたように微笑むと駆け足で家に向かった。そして、大声で叫んだ。


「お母さん、美味しいお土産もらって来たよ!」

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