遺言
ボケたり寝たきりになって書けなくなったら困るから先に私の思いを残しておきます。
まずはお金ね。遺産のことで揉めるのはよく聞く話だし、あの世で見てても辛いから、しっかりと伝えておきます。お父さんはずいぶん先に逝っちゃってるから、子供たち三人で分けてちょうだい。
長男がいくら、次男はなどとある程度は決まりみたいなのがあるらしいけど、我が家の場合はそういうのは無し。きちんと三等分すること。もし、端数が出た時は子供の時に食べたケーキを思い出しなさい。そうすればきっと答えは簡単に出るはず。
次に三つある別荘。お金を三等分して機嫌を損ねるといけないからハワイの別荘は長男の涼介に譲ります。それと那須と軽井沢については、次男の啓介と長女の真子で話し合って決めなさい。どちらもいいところだから喧嘩だけはしないでちょうだいね。もちろん私が居なくなっても仲のいいあなた達だから、お互いの別荘を貸し借りしてもいいかもしれないわよ。
常夏の島に行きたくなった時や、温泉に浸かりたい時、テニスをしてショッピングするなんて時でもいいでしょうね。
別荘をあえて三つだけ用意しておいたのも実はこんな思惑があったんだけど、頭の良い皆はとっくにこんな考えはお見通しでしょう。
ちょっと問題なのは今住んでる白金のお屋敷かしらね。相続税がどれほどなのか詳しいことはわからないけれど、お父さんが愛した庭や茶室などもあるから、出来れば処分しないで誰かに住んでもらいたいところね。そうすればお手伝いさん達も職を無くさなくて済みますから。特に高齢になられた山田さんには長年お世話になってるから、くれぐれも大事にしてやってちょうだい。
そうそう、ジョンとポールのことも書いておかなくちゃね。あなた達もよく知ってる二頭のシベリアンハスキー。一番なついてる私が居なくなってあの子たちも寂しがると思うけど、差し支えなかったら誰かが飼ってあげて。とても賢い子たちだからお世話も面倒じゃないと思うわ。もし、三人で決まらないようならあの子たちに選ばせるといいわ。
事業のことも忘れずに書いておきます。会社の株式の七割を涼介に。それで涼介がそのまま事業を継ぎなさい。経営のノウハウはだいぶわかってると思うから代表の名前が変わるくらいに考えて、あとは自分のやりたいようにやりなさい。残りの株式は啓介と真子で二等分すること。
さて、うっかりしてたけどお葬式についても書いておかないと困りますね。正直なことを言うと地味にやって欲しいんですけどね。さすがにあれだけ盛大にやったお父さんのことを考えると、家族葬ってわけにもいかないでしょうね。会社としての付き合いもありますから、ある程度の規模は致し方ないでしょう。おそらく弔問客も多いでしょうから、少し大変かもしれませんが、よろしくお願いします。
引き出物についてはお任せしますけど、できればお父さんの時と同じ今治のタオルが良いかしらね。
それから湿っぽいのも好きじゃないから葬儀の時は歌を流してちょうだい。島倉千代子の『人生いろいろ』あれがいいわ。私の人生もいろいろありましたから。どうせならあなた達三人も加わって合唱してちょうだい。
それとこれはつまらないことかもしれないけど、孫たち。つまりあなた達の子供に勉強しろって強く言わないようにしてあげて。私は子供のころ、よくそう言われて嫌な気分になったものなの。だからそれだけは約束してちょうだい。勉強しなくても社会で立派になった人はいくらでもいるんですからね。
それとお小遣いはケチっちゃダメよ。上げすぎもよくないけど、少ないのは一番ダメ。
それから…。
と、ここまで書いたときにノックの音が響いてドアが開いた。
「どう?弘美、夏休みの宿題の作文は出来た?」
「今やってるところ・・・・」
私がそう答えるとお母さんはその用紙を覗き込みしばらく黙っていた。
「もう、遺言だなんて…」
「変?」
「ううん。ちょっとびっくりしたけど、読むと何気に面白いし、よく調べたわね。じゃ私はお買い物行ってくるからお風呂の方よろしくね」
「え~っ?私が?」
「そうよ。だって我が家にはお手伝いさんはいないでしょ?」
お母さんは言い終えると微笑んで片眼を瞑った。
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