新天地
「乗せて行ってくれるの?」
「ああ、もちろん。そのために迎えに来たんだからな」
野太い声に促されるまま私は車に乗った。本当は自分で行ってもよかったけれど、行く先を考えると気が重くなる。だから知らない車でも首を縦に振るしかなかった。
「ちょっと揺れるけど、眺めは良いと思うぜ」
言われて見ればと、周囲に目を向ける。高さの違いからかいつもの景色とは違って見える。車に乗ってるのは私以外にもいた。
「よろしく」軽い挨拶を終えて間もなく、車はゆっくりと走り出す。確かにちょっと揺れる。無意識に足を踏ん張った。もしかしたら揺れているのは不安から来る心のせいじゃないかって思ったりもした。
私の視界に見覚えのある景色が映り、ゆっくりと後方へと流れていく。それが思い出を置きざるようで少し胸が締め付けられる。この道も覚えてる。あのお店にも寄った。この車は通らなかったけれど、県庁通りや、白壁の街並みなどが私の脳裏に浮かんでは消えた。そして、二度と見られないかもしれない風景を刻み込もうとした。
そんな気持ちを察したのかどうか、不意に後ろから声が掛かった。
「君はどこまで行くんだい?」
「確か、関東って聞いてるけど…」不安も入り混じって弱々しい声になった。
「前に行ったことは?」
「ないわ。だって遠いもの。どのへんかくらいはなんとなくわかってるけど…」
同じことを訊き返そうか迷っていると、車が緩やかなカーブに差し掛かり、
「これから少し飛ばすからな」と威勢のいい声が届く。
どうやら高速道路に入ったらしい。グングンスピードが増す。それでも私達を気遣ってか安全運転で横をスイスイと車が追い抜いていく。
暮らした街並みが一瞬で消え去って行くようだった。あとは似たような景色が延々と続くだけで、聞こえるのは車と風の音だけ。
どのくらい走ったのか、名古屋と書かれた標識が見えた。するとそのICで車はスピードを緩め、一般道をしばらく道なりに走った。それから三十分くらいしたところで停車した。
「俺はここまでなんだ。またどこかで会えるといいね。それじゃ良い旅を!」
どんな風貌だったのか全く分からないまま背後から声だけ残して行った。
「さようなら」と私も声を掛けた。
降りたのは他にも居たようでガタガタと何度も車が揺れた。どのへんか暗くて見えなかったけれど、私達はパーキングで一夜を明かした。
何時ごろだったのか、眠い目を擦って辺りを見回すとまた高速の景色が流れていた。
「よく寝られたかい?」力強いけど優しい声だった。
「ええ」と私は答える。
「そりゃ良かった。あとひと踏ん張りってとこだから、もうちょっとの辛抱だ。疲れてないか?」
「ううん。私は乗ってるだけだから」そう言ってまた周囲に目を向ける。
風がちょっとばかり清々しく感じた。
やがて「関東に入ったぞ」という声が耳に入る。
(関東に…来たのね)
私は心の中でそっと呟く。なんだか人も車も多くて見上げるような建物ばかり。ちょっと心細くなっていると、車が止まって賑やかな音がしばらく続いた。ここでみんな降りたらしく残されたのは私だけになった。
何か考え事でもしていたのか、空が大きくなって息苦しさが薄らいで来たと思った時、
「着いたぞ。お疲れさん」と声がする。
なんとなく出発した場所が浮かんだ。
「ここ?」
「そうさ」
すぐに何人かが私を迎えに来てくれた。
「じゃ、せいぜい可愛がってもらいなよ」と、私を降ろした大型キャリアカーは勇ましい音を立てて遠ざかっていく。
「ありがとう」そう声を張り上げ後姿を見送るとキャリアカーはパン!とホーンで応えてくれた。
それから数日後、一人の女の子が私をじっと見つめた後で、「よろしくね」とボンネットを撫でてくれた。
私を運転してくれるのはこの子なんだってその時思った。優しそうな子でホッとした。良いお友達になれるといいな。抱いていた不安が徐々に薄らぎ、知らない土地でまた元気に走っていこうって思い始めたら止まってるエンジンが少しだけ温かくなった気がした。
それからの私はワクワクしながら待った。
黄色いナンバーが届く日を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます