ゆきずり

 電話のベルが鳴ったのでいそいそと私は玄関へと向かった。受話器を上げて「もしもし」と応える。すぐに耳元から同じように「もしもし」と返ってくる。聞き覚えのない男の人だった。声が若そうだったので親に来た電話じゃないと思った。ということは私?。


 でも彼も居ないし掛けてきそうな男性は思い当たらない。用件はなんだろうと思っていると、「え~と…」と言ったきり次の言葉が聞こえない。だから思わず「なんでしょう?」と尋ねてしまった。


 すると相手の男性は言葉を選ぶように話し始めた。変な悪戯なら早々に切ってしまおうと思ったけれど、何か話し方というのか、その内容というのか、ちょっと興味を惹かれて気が付いたら三十分もおしゃべりしてた。


 次の日曜日。私はお気に入りの服を着て市内のショッピングセンターの脇の道に立っていた。


 約束の十時になると一台の白い車が私のところで止まる。スーッと窓が開いて乗ってる男性が私を見た。たぶんこの人だと思った。男性が私に名前を尋ねたため、ちょっと控えめに頷く。そして、私は導かれるようにその車の助手席に乗り込んだ。


「もしかしたら来てくれないんじゃないかって思ってたよ」走り始めると男性はそう言ってぎこちなく笑った。


「実は私も誰も来ないんじゃないかって」と本音を告げるとそれが互いに可笑しかったのか車内は途端に明るいムードになった。チラッと横目で男性を見る。ちょっとタイプかもしれないと胸がドキッとした。もしかしてこれって運命?そう思ってこの間の電話を思い出す。


「実は仕事の連絡で電話ボックスに入ったんだけど、そうしたら番号が書いてあるメモがあって」


 これが電話を掛けてきた経緯だった。


「ちょっと仕事でミスしちゃってね。少しイライラしてたから遊び半分で掛けてみようかなって」


 それで偶然私が電話に出たのだけれど、その話を耳にしてメモを残した男性が頭に浮かぶ。十五分くらい前に電話してきた男性だ。私に少し好意を持ってるみたい。私は正直どっちでもよかった。でもメモを置いていく時点でポイントは一気に低下したのを感じた。


「どうだろう?もしよかったら一度会ってみない?」


 新手のナンパかとも思ったが、どこかぎこちない喋り方が私の不安を取り除いたようで、つい返事をしてしまった。


 車の中でも彼は電話の時と同じで、プレイボーイという印象は無かった。お喋りも楽しくて自然とリラックスしていくのがわかる。なんだかちょっと幸せな気分。きっと恋の予感を感じたせいなんでしょう。


 だから「また会ってくれる?」という問いには即答しちゃった。次の週も男性とあった。私の中ではもう彼だった。レストランで食事をして山へドライブに行った。先週からみるとだいぶ彼の口調はスムーズになった。もちろんそれは私も一緒。


 彼の御ふざけについ肩を叩いちゃったりして、傍から見たら恋人同士に見えたんじゃないかしら。何度か目のデートの時、私と彼は一つになった。覚悟はしていたので拒みもしなかった。だけど私は初めてだった。


 それからは会うたびに私たちは肌を重ね合った。どのくらいしてからか生理が来ないことが気になって、それとなく彼に話した。一瞬、彼は顔色を変えたけれど、様子を見ようと優しく言ってくれた。仮に出来たとしても彼の子供なら私は生もうと思っていた。ただの遅れだったと気付いたのは一週間後だった。早速それを彼に話すと彼はホッとため息をついた。


 その出来事から彼は私を求めなくなった。忙しいとデートも間隔が空いた。


 ある夜のことだった。彼が渡したいものがあると暗い車内で何かと差し出した。何か悪い予感がしたけれど、あえてそれは口にはせずに私は車から降りて彼の車を見送った。なんだかこれで最後になるのかなってちょっと思っちゃった。


 そんな予感は的中したらしく包みの中にあったのは別れの言葉を録音したテープだった。夜中、一人で聞いていると自然と涙が溢れてくる。口を押えて声を殺す。つかの間の幸せだった。どんな理由かはわからなかったけれど彼を責めることもせずに黙って受け入れようと心に決めた。


 ただ、今夜だけは思い切り泣こうと思った。

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