タンデム(R編)

 今日は大好きな彼とのデート。


 背が高くて優しくて、運動神経もいい。だから付き合わないかって彼から言われたときすぐにOKしちゃった。ホントは少し迷うような素振りも見せたかったんだけど、無意識のうちに首を縦に振ってた。


 明日は何を着ていこうかあれこれ迷って昨夜は寝付きが悪かった。私の好きな遊園地でのデートもその理由の一つ。でも、ベッドに横になったときに浮かんだ彼の言葉が一番の理由なのかもしれない。



「俺、原付の免許しか持ってねぇからさ。悪いんだけど俺の友達の後ろに乗ってくれねぇか?」


 どうせなら大好きな彼の背中に思いっきりしがみつきたかった。それが原付しかないって…。ちょっとショック。おまけに私が掴まるのは友達でそれも初めて会う人なんて、いくらなんでも酷すぎる。うれしいはずなのに昨夜は何度もため息が出た。


―――翌日。


 約束した時間にゆっくり間に合うように起きた私は入念にお化粧をする。薄い口紅も着けた。あまり濃い色だと彼の口元が目立っちゃうかなっての選択。髪も入念に何度もブラッシングして整えた。それでも顔が浮かれないのはヘルメットを被らなきゃいけないからだろうって自分でもわかった。


 約束した午前九時ぴったりに私の家のチャイムが鳴った。準備万端と表に出ると私は視線をあげて彼を見た。爽やかな笑顔に私の口元もついほころぶ。それから彼が私に友達を紹介した。


 ちょっと優しそうな雰囲気が私の不安を少しだけ和らげてくれる。なるべく髪を乱さないようにしながら手渡されたヘルメットを被り、友達にいわれるままバイクの後ろに跨る。その際、ちょっと安定が悪いので初めて会う男性の腰のあたりに手を添えた。


 こんな姿勢になるならパンツルックの方が良かったかもってつい思っちゃった。後ろに座った途端、バイクが振動を始める。そして、彼と友達が何やら合図をしてまずは彼の小さいスクーターが走り始めた。それから急に私の体が後ろに引っ張られる。思えずギュッと友達のシャツを掴んだ。


 彼以外の人と体を密着させるのはと、ほんの僅か距離を開けたけれど、急停車したときはピタって体が友達にくっ付いちゃって焦った。ちょっと大き目の胸がつぶれるような感覚だったし、前の友達だってTシャツ一枚だからきっとそれを感じたはず。

 

 一気にデートのテンションが急降下。おまけに時折鼻を掠める匂い。走ってる時は分からなかったから、きっと気のせいだって思ってた。でも何気なく掴んでる右手をちょっと上にあげた時、指先に何か冷たい感触があって咄嗟に手を下にずらした。


 信号で止まった時に顔を掻く振りをして、指を鼻の方に持って行った途端、


 クサ~い!


 むせ返りそうになるのを必死で堪えたけど、誰にも見せられないような顔してたはず。尋常じゃない脇汗に戸惑う私の心中も知らずに信号に止まった時にスクーターの彼が調子はどうかって感じで呑気に手を振る。私もそれに応えるように手を振ってはみたものの、バイクでのデートがまたあるんだとしたら、知らない人の後ろはお断りって彼に言おうと思った。


 それが原因なのか、遊園地に着いても気分が乗らなかった。だってまた後ろに乗って帰るんだなって思ったから。結局、彼に免許のお願いも出来ずじまいだった。


 夕方、家に戻った私は、話があるからって彼に路地裏に呼ばれて、そのあとは正直よく覚えていない。お気に入りのワンピの皺も気にせず、ベッドの上に大の字になった私は天井をじっと見上げていた。


「今日で終わりにしよう」


 彼のそんな言葉だけが耳に残っていた。最近、なんとなく冷たくなったって思ってたけど、他の子と付き合ってるって噂は本当だったのかもしれない。それでも楽しい彼との思い出が脳裏に浮かんで、つい涙を押さえるように掌で顔を覆った。


 すると、プ~ンとあの匂い。思わず手を放し大声で叫んだ。



「クセ~ッ!」

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