青き惑星
「すっご~~い!
うねった水面から顔を出した途端、見下ろすように皆が騒いでいる。
「チョイカスっ!」「ブッぱや~」
一億分の一秒でそれらの言葉を理解したあとで、オレはプールサイドに上がって体に食い込んだようなスクール水着を指先で整える。興奮してるのはクラスメイトだけではなかったようだ。担任の山田先生も目を見開いていた。
「しっかし、転校してきた早々に凄いもの見せられたな。三コースの白石はオリンピック候補生だぞ」
異様なものを目の当たりにしたと先生は息を荒げる。
「それより五秒は速かったんじゃないか」
周囲の気配から拙いことをしたのかもしれないと思いつつ、何気に先生が話した白石という生徒に目を向けると、がっくりと肩を落としていた。これでも能力の一パーセントにも満たない。ここまでの騒ぎになるのならば溺れたふりでもしておけば良かったか。しかし、そんなことはどうでもいい。あと三日でこの惑星は滅びてしまう。
核戦争でだ。もっともそれを阻止するためにオレが送られて来たのだから、滅びるはずだったというのが正しい言い方だろう。教室に戻ったオレはスカートの裾をたくし上げて、下敷きで風を送り込む。これも他の人間を見て学習したことだ。むろん話し方もだ。インプット済みであったのは、わたくしだったが、この学校の大半はオレというのが多いらしく、それに倣うことにした。イケてる先生には片目を瞑って見せたりもすると聞くがオレには理解できない。
下校時間になりオレはトボトボと歩き出す。ただ、帰る家は無い。ひとまずの塒は橋の下だ。同じ場所に向きかけた足は途中で方向を変える。あの橋はまずい。昨夜、バイク数十台のやつらとひと悶着あったからだ。
―――「か~の~じょ。こんなことで何してんの~」
歩を進めるたびに低能のグラフがゼロ以下を示した動物のような声がリピートされる。きっとそんなやつらだ。オレには絡んでこないと高をくくっていたが、やはりレベル通りだ。あっと言う間に二十人以上に囲まれ、オレの胸や尻を撫でまわし始めた。ズボンを下ろし出す奴もいた。
やむを得ないと一人を弾き飛ばす。一瞬で橋脚に激突し白目をむいて川に流されていく。それを見てオレを囲んだやつらが後ずさった。数人が川に大声を出しながら助けに入っていく。それでも大人数は心強いのか一斉に飛び掛かって来た。
数秒後・・・・重傷者は有り、ただし命に別状はないとスキャン結果が出た。
二日ほど別の橋で過ごしたオレはバーチャルの時刻を表示させようとした時、背後から声が聞こえた。振り向くと同じクラスの青木さんが立っていた。
「キアヌ‥ごめん。気になって付けて来ちゃった」
なんでもないとばかりにオレは左右に顔を振る。それから青木さんに自分がここに来た理由などを説明した。他言したところで誰も彼女のいうことなど信用しないはず。
「核…」そう言って青木さんは半信半疑の表情でオレを見た。
「破壊する…ってどうやって?」
「高い空からさ」一言呟きオレは体を宙に浮かせる。
青木さんはオレの足元を見てから瞳に視線を合わせた。すべてを信じた眼だった。
「また会えるよね?ここで待ってるから」
潤んだ瞳に返す言葉が見つからなかったオレは、「さようなら」と片手を挙げてから宙へと飛び立った。音速を超える音が聞こえた。
目指すのは大気圏の外側にある外気圏。すさまじい勢いにひらひら靡くどころかスカートや制服もどこかへ飛んで行った。さらに大気圏を離れる際には人間を装うテナキンと呼ばれる外皮は燃え尽き、オレの身体はスペタルという特殊な色一色に変わっていた。
そろそろ時間になるとオレは曲線を伴った惑星を見下ろしながら左右の掌を下に向けデスタックを放つ準備をする。狙うのは発射した瞬間。そうすることで自国のトラブルとして片付ける寸法だ。
目となるビジョリーが発射の炎を捉えたと同時に、レーダーにも肉眼にも捉えられない高速ビームを放つ。直後、数か所から閃光が走る。それを合図に衝撃波に逆らうようにオレは急降下し灰色のエリアに突っ込んだ。徐々にスペタルが解け落ちていく。何百光年の距離と時間を遡るルートは逆戻りが出来ない。さらにはテナキンも失ったとなれば、あとは希亜奴という仮の名と共に異星人の痕跡を完全に消すだけ。
――右足がすっ飛ぶ。
犠牲者は多いだろうが、このエリアがほぼ消滅したことで、オレの惑星との交流も始まるのだから決して無駄死にではない。ただこれも数百年先の話だ。
――左手が溶け落ちた。
今一度この青き惑星を見たかったと思った時、媒体の記憶がビジョリーに一瞬だけ灯った。
それは青木さんの泣き顔だった。
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