原稿用紙❺枚弱物語

キャプテン(B編)

「いいか！我々が甲子園に行くのは目標ではない。ただの過程であくまで甲子園で優勝することが最大の目標だ」

　昨日の監督の言葉は説得力があったし俺も当然だと思った。だからなのか聞き終えた後は震えが止まらなかった。武者震いってやつだろう。甲子園の常連校でそのクリーンナップを担っている。それがどうだ。奇蹟などとチヤホヤされ勝ち上がってきた進学校相手に苦戦を強いられている。一点も取れないどころか俺は未だノーヒット。芯に近い当たりもあることはあったが、野手の正面とツキも無い。いや、ツキよりもあのショートの守備を褒めるべきかもしれない。

　キャプテンの黒田には何度もしてやられた。それと忘れてはならないのがピッチャーの佐藤だ。二年生だと聞くがあいつの球は高校生離れしている。真っ直ぐも速いし、何と言ってもあのスライダーだろう。何度も見ているのに芯で捕えられない。しかし、俺にもキャプテンとしての意地がある。

　球審の手が上がり歓声の音量が増す。

　ワンアウト。

「よく見て行け～っ！」

　隣の奴がでかい声をあげる。どこか追い詰められたような叫びにも聞こえる。それも当然だ。ゲームは既に九回の裏。俺はじっと佐藤のフォームを見つめる。

　あれだ。得意のスライダー。そして大歓声。空振り三振でツーアウト。握った拳に力を入れる。

「勝つ･･･勝つんだ！」

　歯を食いしばりながらその口元から声を腹から絞り出す。すると、キーンという金属音が耳に入る。三番の吉川が一、二塁間を抜く。頭上から大声援が球場を被う。さすが我がチームの三番と俺は両手を力強く叩いた。それから四番の背中を見るようにネクスト・バッターズ・サークルに入る。

　さすがに今大会四本のホームランを打ってるだけあって甘い球は来ない。スライダーの連投だ。佐藤は疲れてないのか。そう思った直後、金属音と共に白球がサードの頭上を越えレフト線へ。遊び球の外角高めのボールを強引に叩いたようだ。

　一塁走者の吉川が二塁を蹴って三塁へ全力疾走する。打った大石も一塁から二塁へ。まずは同点。吉川の走りにはそんな気持ちが見て取れた。三塁ベースの手前でも一切の減速はなかったからだ。もちろん俺の考えも一緒だったが、三塁コーチャーは咄嗟の判断で両手を広げた。

　バランスを崩しながら吉川がブレーキを掛ける。砂埃がもうもうと舞い上がる。転倒寸前だった。その直後、キャッチャーミットに白球が収まる。

　おーーっ！というどよめきがスタンドから起こった。俺は止めていた息をゆっくりと吐き出しながら持っていたバットをさらに強く握りしめる。

　俺が決める。そんな気合からか全身がぶるっと震えた。最低でもサードランナーは返す。それだけを考えてバッターボックスへと入る。不思議と甲子園のことは頭に浮かばなかった。

　佐藤がモーチョンに入る。初球から行きたいところだがまずは見送る。判定はストライク。来たのは真っ直ぐだった。一つ声を張り上げて二球目を待つ。高いと思って見送る。ボール球は振らない。次はスライダー。予想通りの球種だったが、じっくり球筋を見ようと俺はバットを動かさなかった。ストライクというコール。騒音を越えた大歓声が球場を包み込む。

　一度バッターボックスを外して監督を伺う。好きなように打て。それがサインの内容だった。期待に応えたいとボックスに入り佐藤を見る。一球遊ぶか。いや、同じところに来る。佐藤の手から球が離れる。予想通りと俺の目が一瞬光った。

　クァン！

　スライダーが振り下ろしたバットに当たる。だが、平凡な内野ゴロ。おまけに黒田の正面だ。負けたとは思いたくなかったものの、終わったとどこかで感じてもいた。それでもこれ以上ないスピードで一塁を目指し、あと数メートルの位置で頭から飛び込む。顔面が砂一色になるのが分かった。

　判定はどうだ。

　耳だけを澄ましていたが、得体の知れない違和感を覚えた俺は、堅く瞑った目を見開いた。何が起こった。状況を判断するのに僅かな時間を要した。

　勝ったのか････。

　朦朧とした中で見た夢だと思った。互いのチームが整列する。俺の正面は黒田だった。初のエラーがよもやの決勝戦。勝った喜びよりも俺は黒田を労いたかった。

　一礼して歩み寄る。黒田は俺を真っ直ぐ見つめていた。掛ける言葉が見つからず軽く頷いた後で肩をポンと叩いた。黒田も同じように返す。それだけで互いの気持ちは通じたと思った。