季節外れの蝶

 男が手を上げ罵声を浴びせ、女は顔を押さえながら声を揺らし罵る。


 不思議なものだ。つい最近まではあんなに仲が良く、その光景に近くに居た奴なんて、恥ずかしかったのか顔を隠すように丸まってたと言うのに・・・・。


「ありゃ~、もう駄目だ・・・・終わるよ」

 と、ボソッと近くから声が聞こえる。


「そうかなぁ・・・・でも今までだってこんなことはあったけど・・・・」


 いつの頃からかその恋の行方が気になりだした俺は、過去にもあったとばかり口にはするが、心なし弱い口調でしかなかった。やがて足早に男が去り、女は静かに腰を降ろす。俯いて小刻みに揺れる緑色が薄暗い電灯にくすんで見えた。

 

 それからどのくらい時間が経ったのだろう。雨が降り風が舞う度に俺の身体は季節の移り変わりを感じ取っていた。夜は一段と風が身に滲み、ワサワサと身体を揺らせたりもした。現れる女を待ち続ける俺に変わらなかったものは、周りの連中の無言の態度だけで、時にそれがより俺を寒くさせた。日に日にそれまでの深い緑が色あせて行く。美しいと称される季節が目の前に迫っている。


「だいぶ変わったみたい」

「フッ・・・お前だって」


 そう言って周囲に目を凝らすと、当然のことながらどいつも似たように見えた。それを見てあまり時間は残されていなのだと思った。


「来ないね・・・・」

「ああ・・・・あいつの言ったことは本当だったのかな・・・・」


 俺は薄笑いを浮かべる。何かを見届けるべく、寒さに耐えながら何かを待つ自分も確かにそれに違いないと思った。


 北風が強くなるほど心も枯らして行くのか、遠ざかる記憶を振り返ったりすれば、初めて女を見た爽やかな風の季節が朧げに映り、その新しい息吹にも似た薄緑色の服を懐かしんだ。


 楽しそうだった。二人の朗らかな声にザワザワとみんなで揺れたこともあった。もうあの頃の二人は見られないかもしれない。時の足早な流れに何度と無く浮足立ち、ふとそんなことを思った時、サササーッという音が聞こえ陽光が差し込む。


「あっ!」


 近くの彼女が声を漏らす。申し合わせたように居なくなる連中に時の終りが迫っていることを感じた。


「いよいよ始まったんだな」

「出来れば見届けたかったわ」


「お前もあの二人が気になるのか?」

「ええ・・・・まぁ・・・・」


「フッ・・お前も物好きだな」

「ねぇ?・・・・」


「・・・・ん・・何?」

「・・・・また生まれ変わっても会えるかな・・・・」


「・・・・どうかな?」


 と、言いかけた次の言葉は、


「あ!ねぇ!あれ!」

 と言う彼女の声にかき消された。


「来た」


 すぐにそれと解る見覚えのある色彩を纏い、久しぶりに現れた女はいつものように私達の近くのベンチに腰を降ろす。一人だった。あれからどうなったのか、男は現れるのか、待ったと言うよりも俺は耐え続けた。


 ササーッ。


 また仲間が垂直に落ちて行く。


「ねぇ・・・・今度は私たちかな」

「何言ってるんだよ・・・・まだ大丈夫だ」


 そう声を発し不安を追い払った。照れ臭そうな仕草の男が映し出されたのはそれからわずか数分後のことで、いつしか女に寄り添うと、やがて陰は一つになった。


 何かが報われたと思った時、スッと身体が軽くなるのを感じた。


 落ちる。


 頭でそう感じた瞬間、俺は隣の手を掴むように突然吹いた風に飛び乗った。珍しい南風に俺たちは高く舞い上がる。今の心のように暖かい風だった。すると隣から声がした。


「見て!あの女の人私たちを蝶みたいだって」


 何気に目を向けると女性が笑いながらこちらに指をさしている。幸せそうな顔だった。


「どこまで行くの?」

「さぁ・・・・風にでも訊いてくれよ」


 鬱金色はヒラヒラとあてもなく舞って行く。やがて葉をすべて落とした銀杏の木は、静かに恋人たちを見守るように暖かい季節の到来を静かに待ち続けた。 

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