ナイスゲーム

 パクゥァーン!



 レーンの感触を探り終えたボールは、俗にポケットと呼ばれる場所へ次々と吸い込まれて行く。小気味良い音と共に弾き飛ぶ十本のピン。


 トーナメントを間近に控え、この日も練習のため一人アプローチに立っていた。


 時刻は夕方。


 ちょうど場内が俄に賑わい出して来た頃のことだ。



 私がプロボウラーの資格を得たのは二年前。その素質から当初は早い勝利を期待されたが、依然タイトルどころか予選通過もままならないのが現状。もちろんそう簡単に勝てるほど甘い世界でないことぐらい、当の本人が一番理解していた。


 それでも顔が少しでも可愛かったり、胸が大きかったり、足が綺麗だったりすれば、アイドルのように男性ファンも付く。だけど私にはそのうちの一つも当てはまらない。つまりは成績だけで勝負するしかない。だから尚のこと、今年こそは是か非でもと言う意欲が、腹の底から湧き出すのを感じていた。


 それは早番の予定を組み専念する場を設けてくれるセンターや、応援してくれる仲間たちに対し何とか報いたかったからだ。


 客足が鈍い平日とあって、ほぼ中央に位置するレーンで約3ゲーム。ウォーミングアップとしての投げ込みを終えると、直ぐさまスコア画面を表示させ一投目を放つ。鋭い回転を伴う生きたボールが獲物を狙うかのようにポケットに食い込む。


 既にこのレーンは完璧に掴んだ。そう思わせるジャストな当たりだった。

 移動した反対側のレーンでも同様。ストライクを知らせるマークが画面を派手に飾る。


 それでもホームレーンでこのくらい打つのはプロとして当然だと言わんばかりに、表情も変えず黙々と投げ続けた。



 200オーバーを連発し5ゲーム目を前に、指穴の調整を兼ねて一休みしていると、隣のボックスに入った若いカップルが、準備運動もなしにボールを転がし始めた。

 彼氏は力み過ぎ、彼女は重いボールにタイミングが取れず、共に何度かガーターに落としては陽気な声を上げる。


 ここで働く私にとっても、それは幾度と見た光景で驚きも笑いもしなかった。それもまたボウリングだからだ。とは言え、さすがに競技としてのボールは異様に映ったらしく、「すげ~!」と、隣の彼は私の投球に声を発した。


 カップルの投げるタイミングに気遣いつつ淡々とプレイする私の耳に、活気のある音と声が響き始めたのは、それから間もなくのことだった。どうやら要領を掴んで来たのだろう。力任せでありながら度々ストライクの表示を出す彼に、ふとそんなことを思った。


 やがて、ざわめきの中に混じって聞こえた「若いけど、あの人プロだぜ」と言う彼らしき声にも、まったく動じる気配を見せなかったが、何げなく見たカップルのスコアにはさすがに目を丸くした。


 なんと5フレームまですべてストライクの彼と、自分のそれとが同じだったからである。

 こうなるとカップルも意気が揚がる。彼がピンを弾き飛ばすごとに彼女は喜び手を叩く。


 まるでプロに勝てる。そんな隣から犇々と伝わる雰囲気に、私の顔付きは少しばかり変わった。


 無論、素人相手に勝ったところで何一つ自慢などなりはしない。


 しかし、このまま黙って負けるようでは、次のトーナメントも知れているだろうと、この場をプロとの試合に見立てることにした。つまりは自分の精神面を試そうと考えた訳である。


 彼は相変わらず持てる力を存分にボールを放る。フォームもポケットもなく、時には滑って転んだり、正面のヘッドピンが後ろから倒れることもあった。だが、ピンは弾け6、7フレまでストライクを伸ばす。


 ここがボウリングの奥深い所だ。


 私も続けた。


 ただ、油の切れを感じアングルを微妙に変えた途端、突如右端のいわゆるテンピンが残り、それまで何ら問題の無かった片側のレーンでも実に同じことが起きてしまうのである。


 よもやパーフェクトかと言う隣の騒ぎは尋常ではない。

 生憎、彼の連続ストライクの記録は、10フレ一投目で途絶えたものの、既に勝敗の行方を悟った私は、見えない油の壁に目を馳せ、頻りに何かを紛らそうとしていた。

 


「ナイスゲーム!」


 それでも私は笑みを浮かべて隣の誇らしげな彼に声を掛けた。



 それはプロになる以前、私も同じように見知らぬ人から掛けられた言葉であった。

 同時に去年までの自分だったら悔しくて出せない言葉だろうとも思った。余程うれしかったのか彼は満面の笑みで浮かべる。一緒にいた彼女も、ありがとうございますと応えた。


 しばらくは、あの二人の語り種になるだろうと、薄ら笑いを浮かべたものの、その後のトーナメントでは見事予選通過を果たし、周りからこう称えられた。



「ナイスゲーム!」

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