サンタは…
持ち回りでサンタをやらないかと、話が持ち上がったのは五年前のことである。
小学生までの子供を持つ家庭がメインの、言わば近所の親睦を兼ねた行事は、暮れの名物イベントとして定着し始めていた。貸衣装で扮するお父さんサンタが夜な夜な近所を回る姿は何より滑稽で、子供以上に心待ちにする親も居たであろう。
少子化と言われながらも隣保班の約半数がそれに該当し子供の数は十八人。年々大きくなる傾向のプレゼント包みに背負う袋も一つでは間に合わないと、打ち合わせの席で苦笑する親も多かった。
どこの誰であるか悟られないように振る舞う。当然とも言える暗黙のルールの中、大役は無事に引き継がれ、今年はいよいよ私の順番である。しかし、いざ自分となると気楽に見ていたのとは違い、ギリギリまで頭を悩ませ続けた。
当日は冬らしい北風の舞う寒い晩だった。職場で赤いズボンと靴だけとりあえず纏った私は、ぎっしりプレゼントの詰まった車を自宅に走らせた。
「メリ~~クリスマ~ス!」
リハーサルに熱くなり過ぎたせいで、ぶらり立ち寄ってしまったコンビニで思わず顔を赤らめるはめにはなったが、近所から少し離れた車内でサンタに変身すれば、ルームミラーに写る顔に気合と笑いが込み上げて来る。お母さん方が苦心して縫い上げてくれた袋を、前のめりになって背負うと、役を真っ当するべく私は目指す家に足を踏み出した。寒さがそれほど気にならないのは、きっと派手な帽子と付け髭のせいに違いない。
「ハイ!今年はいい子にしてたからプレゼントだよ」
予め施して置いた目印を確認しようと、懐中電灯片手に腰を下ろす姿は、怪しいものだと笑う人も居たが、まさに同感と一人長い髭を揺らした。何軒ほど廻った頃だろうか。
どこからともなく聞こえる声に、荷物をそのままにして歩いて行くと、仄かな街灯の下で泣いている子供を見つけた。ちょうどわが家と同じ年頃くらいの女の子である。
「どうしたの?お母さんは?」
すぐさま腰を降ろし話しかけたのだが、この辺りでは見かけない子だった。
「どうして泣いてるの?」
サンタという役柄を忘れて尋ねると、
「あのね、おうちにはサンタさんが来てくれないって」
女の子は声を揺らしながら答えた。
「来てくれない・・・・いやサンタさんならここにいるよ」
赤いズボンが咄嗟に目に入り、ご機嫌を取ろうと笑って見せると、徐に顔を上げた女の子は、
「わたしにもプレゼントあるの?」
と、目を潤ませて尋ねた。私は一瞬言葉を失った。
「・・・・もちろんさ」
それでも無いとは言えず、少しして一つの紙包みを手に舞い戻った。それは自分の子供用のプレゼントだった。
「サンタさんありがとう」
万面の笑みを浮かべる女の子に私も一緒に目を細めた。
「そうだ!家まで送ってあげるから───」
そう言って置き忘れたままの袋を掴んで駆け戻ると、女の子の姿がどこにも見当たらず、私は辺りに目をやりながら声を発した。
「ね~?」
しかし、名前も知らない私は、こんな短い台詞を言うのが精一杯で、その声とて長くは続かなかった。いったい・・・・あの子は。しばし私は街灯の下で立ち尽くしていた。
「メリ~クリスマ~ス!」
玄関を開け声を掛けるたびに袋は軽くなり、最後の家の前に立つと肩には袋の重さしか感じなかった。うっかりしたと言おう。またそれが通じる年齢がせめてもの救いだと思った。だが、さすがにどこの家よりも足が重く感じた。
「メリ~・・・・」
突然、おどけることすら忘れてしまったのは、何も妻と娘が待ち構えていたからではない。
「良かったわね~サンタさんまた来てくれて。お礼を言おうって待ってたんだよね」
「うん!サンタさんありがとう!」
その場の空気にとりあえず笑っては見たものの、思わず父親を出すところだった。無理もない。娘が手にするプレゼント。それは紛れも無くあの女の子に上げたものだったからだ。
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