選考

──「新聞に載せられるくらいの小説なら俺だって書けるって、友達に言い触らしちゃったんだよ」



 手にした原稿に目を通す振りをしつつ、私は高二になる一人息子、広志との今朝のやり取りを思い出していた。


「林さん。どうですか?今月分の短編は決まりそうですか?」

「あ・・ああ~。大体は決まってるんだが・・・・」

 にんまりとした笑いと共にやって来た、担当である新聞社の西川にそう声を発したものの、頭の中には選考と言う二文字の存在は無かった。


──「だって親父が選考してるんだろう~?」

「ああ。そうだが」

「だったら簡単だろ?」

「簡単?ふざけるな!」


 普段は物静かと言われる私も、この時ばかりは思わず声を荒げた。だからこそ広志もたまらず視線を外したのであろう。


「お前、文字を連ねて話を書こうってことが、どんな難しいことなのか解って言ってるのか?ただ何時間も座ってりゃ書けるってもんじゃないんだぞ」

「そんなこと・・・・。でもたまに出てるだろ?たいしたやつじゃないのも・・・・」

「たいしたやつじゃない 」

「そうさ。あの評は親父のだろ?結構評判だぜ、辛口だって・・・・」

「辛口か・・・・」


 ポツリ呟いたあとでフッと私は表情を崩す。広志がそんな笑みに少々面食らったのは、また怒鳴られると咄嗟に感じたからだろう。

「確かにお前の言う通りかもしれない」


 と、私は自ら認めた上でこう続けた。


「だがな、そんな評が良いって人も中には居てな。それに一見たいした作品じゃないように見えるだろうが、脳に響く時があるんだよ。作者の苦労みたいなのがな」

「苦労 ・・・・例えば何回も書き直した跡があるとか?」

「フッ・・そうじゃない。そんなことは意図的にやろうと思えば誰だって出来る。苦労と言うより苦悩と言った方が良いだろうな」

「・・・苦悩」

「書きたいけど書けなくて紙を丸めたり頭を叩いたり、キーボードを叩いたりして少しでも良くしようと努力している。もちろん中には才能があってすらすら書ける者もいるだろうが、それと選考とは別だからな」


 説き伏せるように話した後、私は広志の手元にある茶封筒を見つめた。

「まずは出して見ろ。話はそれからだ」

 半ば諦めかけていた広志だったが、私の声に誘われるまま袋を差し出すと、無言でその場を後にした。



──ある程度書けていたら。

 社に向かいながら私は何度となく呟いていた。そして、たとえ悪評を連ねたところで採用ならとりあえずは丸く収まると、いつもの席に腰を降ろした。十数枚にも及ぶ原稿を読み終え、ため息にも似た声を漏らすと、もう一度頭から読み直した。既に今月分の三編のうちの二編は意中にある。目を走らせつつも悩んだ。 担当に声を掛けられたのはそんな時だった。


「毎月これだけの量に優越を付けなきゃならないんですから、考えたら書く方よりも選考の方が大変かもしれないですよね」

 他愛もなく笑って見せはしたが、西川の言うことも一理あると思った。格闘したかの跡が見える原稿を、葬り去らなければならないのは些か忍びないからだ。しかしこれも仕事である。プロとして選考する以上、非情で尚且つ無でなければならない。


「出来たら締めも近いんで、少しでも原稿もらえると助かるんですけど?」

 申し訳なさそうな西川に、

「評は追って──」


 と、私は予め用意していた二編を手渡してから、手元に置かれた原稿に目を移す。立ち去る西川を呼び止めるまでの時間。実はそれも私にとっては一つの選考だったかもしれない。


──「そこそこ書けてたぞ」

 その夜、広志の部屋を訪れた私は開口一番こう伝えた。

「え?じゃ~ 」


 広志は直ぐさま喜びを露にしたが、淡々と繰り出す声に晴れやかな顔は萎んで行った。悪くないと言う意味合いはあくまで父親としてで、プロの目で見た場合では何かが足りない。独り言にも似た広志の台詞が届いたのは、すべてを伝えて振り向いた時だった。

 自分の考えが甘かったこと。そして、次回も目を通してくれよと言う声に、私は背中でわかったと応えた。

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