第46話 幕引き

 ──なんだ?


 俺は急に光り出した立華に視線を向ける。


 見ると、大太刀だった立華の刀身が淡い陽光色を放つ神々しい光の太刀へと姿を変えていた。


「どうなってるんだ……立華?」


 困惑しながら俺は立華なに語り掛けるが、どういうわけか立華からの返事はない。代わりに淡い光が俺の体を包み込んだ。


 ──体が、動く。


 さっきまであった電撃によるダメージが消えている事に気づき、俺はその場から起き上がる。


「ちっ、抜顕ばっけんか」


 俺の方を振り向いた市川が舌打ちをしてそう吐き捨てる。


 ──抜剣……これがそうなのか?


 市川に言われて俺は初めて自身の身に何が起きたのかを理解した。


「めんどくせえな。大人しく寝てろ!」


 ダンッ! と市川が足を踏み鳴らすと、地面から錐と同時に地電流が俺へと襲い掛かる。


 しかし俺の体を貫くと思われた地電流と錐は、俺の体に触れる直前で霧散するかのように消えていった。それを見た市川は目を剥いて驚きを露わにする。


「何っ!?」


 市川は何が起きたのか理解できないといった様子だったが、それは俺も同じだった。


「てめえ、何しやがった」


 獰猛な獣の様な目で俺を睨みながら市川が言う。しかし、俺自身なにが起こったのか分かっていない。


 遠距離では有効なダメージを与えられないと考えた市川は近距離戦へと切り替えた。


 聖霊刃を構えこちらに向かって来る市川の姿を見て、俺はある違和感を覚えた。


 ──なんだ……動きが読める?


 俺の目には市川が次にどう動くのか、そのビジョンが見えた。


 俺の目に映し出されたビジョンは、右下からの切り上げを繰り出す市川の姿だった。


 目の錯覚かと疑ったが、市川はビジョンで見たのと寸分違わぬ軌道で切り上げによる攻撃を繰り出してきた。


 あらかじめその攻撃をビジョンで見ていた俺は、難なくスウェーバックで躱す。


 ──錯覚じゃない、なら次に来るのは。


 初撃を躱された市川は、次に俺の首を狙って突きを繰り出してきた。しかし、生憎その動きは既に予見済みだ。


 俺は、繰り出された突きを横へと躱すと、ガラ空きになった市川の顔に向かって光の太刀となった立華を振りぬいた。


「ぐあああぁぁー!」


 市川の絶叫が格納庫内に響きわたる。


 顔を押さえながらその場にうずくまる市川。ボタボタと顔から流れ落ちる血によって、地面は鮮血に染まっていく。


「クソ野郎……絶対に許さねえ」


 傷口を押さえながら俺を睨むその目には、怒りと憎しみが溢れていた。


「終わりだ市川、降参しろ」


「まだだ、まだ終わりじゃねえ!」


「そこまでだ」


 どこからか聞こえてきた声と同時に、格納庫のシャッターが開いていく。


 開いたシャッターの外には、男鹿おが大隊長と多くの隊員を引き連れた梶原かじわら中隊長の姿があった。


「悪いな、遅くなった」


 男鹿大隊長が俺を見てそう言った。その言葉を聞いて、俺は少しだけ安堵した。


「さて、貴方には色々と聞きたい事があります。大人しく投降してください」


 梶原中隊長が前に進み出て市川に通告する。


 流石に分が悪いと見たのか、市川は「ちっ」と舌打ちをする。


「命拾いしたな原初持ちのクソガキ、ここは引いてやるよ」


「逃げられると思っているのか?」


 男鹿大隊長のその言葉に対し、市川は不敵な笑みを浮かべる。まるでこの状況から逃げられると言わんばかりのその態度に、格納庫を取り囲んでいる隊員全員が警戒する。


 次の瞬間、市川の背後の空間が歪み亀裂が生じた。


 その空間の亀裂から顔を覗かせているのは俺のよく知る人物、伊計八尋いけいやひろだった。


「八尋!」


 俺は咄嗟に八尋の名を呼んだ。


「引き上げるよ市川」


 八尋はまるで俺の声が聞こえていないかの様に、淡々と市川へと撤退を促す。


「来るのが遅いんだよ」


「楽しんでそうだったから邪魔しち悪いと思ってね」


「ふざけやがって」


 市川は憎まれ口を叩きながら空間の亀裂へと入っていった。


「待て!」


 俺が呼び止めると市川はこちらを振り向き、憎悪の目を向けてきた。


「今日は見逃してやるが、この傷の礼は必ずしてやる」


 その言葉は、今すぐにでも殺してやりたいという強い怒気を孕んでいるものだった。


「あぁそうだ、土産を置いといたんで受け取ってくれよな」


 市川がそう言って指をパチンと鳴らすと、格納庫内の輸送機が次々と爆発していく。


「まずい!」


 俺は咄嗟に紫音しのん小嶺こみねのもとに駆けつけて、二人を爆風から守る。


「くっ……」


 すでに大分霊力を消耗した状態で何とか霊殻を展開していると、男鹿大隊長も駆け寄って来て小嶺と紫音を担ぎ上げる。


「おい、早く避難するぞ」


 そう言って二人を抱え、その場から退避する男鹿大隊長の後に続き、俺もその場から離脱した。


 外に出るのと同時に格納庫が崩れ出した。


 さらに施設内の至る所で爆発音が響き渡ってきた。


「八尋と市川は?」


「逃げられました。やれやれ、やってくれましたね」


 梶原中隊長はそう答えると、額に手を当て溜息をついた。


「ともかく被害状況の確認が最優先です。負傷者は安全な場所へ避難を」


 梶原中隊長は務めて冷静に支持を出す。


 俺と小嶺、紫音の三人は負傷者という事で救護班から処置を受ける事となった。


 こうして俺たち十一霊能大隊の潜入捜査は予想もしない形で幕を閉じる事となったのだった。

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