第44話 間一髪

「大丈夫か紫音しのん?」


 俺は足元に倒れている紫音に声をかける。


 彼女の体は、すでに満身創痍でボロボロだ。


 外で巨大な火柱を見た時、もしやと思って駆けつけたが何とか間に合ってよかった。


「あー痛ってえ」


 その声と共に、さっき斬り伏せた男が立ち上がる。


『気をつけろ煉』


「わかってる」


 警戒するよう注意を促す立華りっかに、俺は小さく返事をする。


 さっき放った一撃は完全な不意打ちだった。それをまともに受けてピンピンしているのだ。それに攻撃を当てた時に感じた妙な違和感。油断できる相手ではない。


「不意打ちなんてヒーローのやる事じゃないぜ」


 立ち上がった男は、不適な笑みを浮かべながらそう言った。


「お前が市川か?」


「だったらどうする?」


 その言葉を肯定と受け取った俺は質問する。


「なぜ紫音と小嶺こみねを狙った?」


「別に狙っちゃいねえよ、コソコソ嗅ぎ回ってやがったから口封じしようとしただけさ」


 市川は両手を広げ、あっけらかんとした調子でそう答えた。


妹尾せのおから霊符を受け取っていたのはお前か? ここで何をしていた?」


「何でもかんでも聞けば答えてくれると思うなよ。大体これから死ぬやつが知っても無意味だろうがよ」


 市川はそう言うと、聖霊刃を構え臨戦体制へと入る。


 俺も立華を構えて霊力を練り上げる。


「なら、捕らえて口を割らせる」


「不意打ち決めたくらいで調子にのるなよ」


 踏み込みと同時に俺は市川へと斬りかかる。まずはコイツを紫音たちから引き離さなければならない。


 俺の打ち込みを市川は受け太刀で防ぐが、俺はそのまま力任せに振り抜き、剣圧で市川を吹き飛ばした。


 体制を崩したまま後ろへと吹き飛ばされる市川。


 追撃をするべく距離を詰める俺に対し、市川は突きを繰り出すが、俺はすんでのところで突きをかわしカウンターを叩き込む。


 ──まただ。


 俺はある違和感を感じた。それは相手を斬った手応えがなかったのだ。


 まるで何か硬い物でも殴ったかの様な感覚だ。


 攻撃を受け、地面に突っ伏していた市川が起き上がる。


 するとやつの体から何かポロポロと剥がれ落ちていくのが分かった。


「……何だ?」


『岩だ。どうやってるのか分からないが、奴は岩で体をガードしているんだ』


 立華が冷静に相手の能力を分析して俺に教えてくれた。


 通りで斬った手応えがなかったわけだ。奴はこちらの攻撃を、霊殻と岩で二重に防いでいたのだ。


「だったら、岩ごと叩き斬る」


 俺は刀身にまとわせた霊気を研ぎ澄まし、再び市川へと斬りかかる。


 俺の攻撃に市川も応戦し、互いに打ち合うこと数合。徐々に市川が押され始める。


 ──いける。


 市川は岩を纏ってるからか動きは早くない。こちらは手数と運動量で圧倒し、そのまま押し切る。


「うぜえ!」


 ダンッ! と市川は地面を強く踏みつける。


 直後、地面から無数のきりが突き出てきた。


 俺は咄嗟に横に跳んで回避するが、市川の攻撃の手は止む事はない。


「オラオラァ、どうした」


 勢いづいた市川は、次々と地面から錐を繰り出してきた。


 俺はそれを躱し、あるいは斬りはらい、避けきれなかった攻撃は霊殻で防いだ。


「くそっバカみたいにゴリ押ししてきやがって」


 市川の攻撃のせいで辺りの足場はどんどん悪くなっていく。さらに錐が障害物になって攻撃がし辛い。


 このまま防戦一方ではジリ貧だ。


 俺は一つの賭けに出た。


 俺は市川の攻撃を掻い潜りながら、錐の残骸を足場にしてジャンプし市川へと迫る。


 それを見て市川はほくそ笑んだ。


「馬鹿が、串刺しにしてやる」


 市川は空中に跳び上がった俺に向けて地面から錐を突き出す。


 ──ここだ。


 俺はタイミングを見計らって宙を蹴り、滑るように横へと移動し錐を回避する。


「何っ!」


 予想だにしない俺の動きに市川は驚き、一瞬の隙を見せる。


 俺はその隙を見逃さず、市川へと渾身の一撃を叩き込む。


 確かな手応えを感じた俺は、今度こそ斬ったと確信する。


 俺の攻撃を受け、市川はゆっくりと倒れていった。


「……やった」


 俺が安堵すると、立華が呆れたように語りかけてきた。

 

『ぶっつけ本番で天段脚とは無茶をするな君も』


 土壇場で使った天段脚だったが、実は練習では一度も成功していなかったのだ。


『まったく、失敗したらどうするつもりだったんだ』


「その時はその時で何とかしたさ。それより市川を確保しないと」


 立華の小言を適当に流し、市川を確保しようと近づくとある異変に気づく。


「……これは」


 倒れた市川はまるで中身のない抜け殻のようだったのだ。


 ──しまった、デコイだ!


『煉、後ろだ!』


 立華の警告に、反応の遅れた俺は背中を斬られた。

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