第41話 尾行

 れんたちが梶原かじわらの部屋に侵入する少し前。

 

 朝霞小嶺あさぎりこみねは、打ち上げ会場をキョロキョロと見回していた。


「……誰か探してる?」


 せわしなく首を動かしている小嶺の姿を、後ろで見ていた紫音しのんが声をかける。


「んー、駿しゅんくんを探してるんすけど見当たらなくて」


「……駿くん?」


 紫音は一瞬、誰の事を言ってるのか思ったが、すぐに先日知り合った市川駿の事だと気付いた。


「せっかく知り合ったんだし、連絡先でも交換しようかなって思ったんすけど見つからないんすよね」


「……はあ」


 知り合ったばかりの男を下の名前で呼び、連絡先を交換しようとする小嶺のそのナチュラルな小悪魔ムーブに、紫音は思わずため息を吐いた。


「……初めから顔を出していないのかも」


 こういう集まりが苦手で来ていない者がいても不思議ではない。かくいう紫音も本音では参加したくなかった一人である。


「そういえば隊に馴染めてないって言ってたっすね」


 紫音に言われて初めて来ていないという可能性に気付いた小嶺。こういう時に参加しないという選択肢がハナから無い彼女には盲点だったようだ。


「ダメっすねえ、そういう人こそこういう場に来て交流深めないといけないのに」


 そんな持論を述べる小嶺をコミュきょうめ、と紫音は恨めしそうな目で睨んだ。


「情報提供のお礼もしたかったんすけど、居ないんじゃ仕方ないっすね」


 そう言って諦めようとした小嶺だったが、視界の端に施設内を移動する人影を捉えた。


「ん? あれって駿くんじゃないっすか?」


 そう聞かれた紫音は、小嶺が指をさす方向に目を向ける。


「……よく見えない」


「目悪いんすね紫音ちゃん。眼鏡かコンタクトした方がいいっすよ」


 そう言われて紫音は少しムッとする。いくら灯りがあるからとはいえ薄暗い中、数十メートル先の人物の顔を正確に把握できる小嶺の視力が動物じみているだけだと内心毒付いた。


「アタシちょっと行ってくるっすね」


 小嶺は市川を追いかけるべく、その場を走り去っていく。


「……私も行く」


 少し悩んでから紫音も小嶺の後を追う。


「珍しいっすね、てっきり面倒くさがって来ないかと思ったのに」


 正直、放っておこうかと考えた紫音だったが、陽キャ達の宴であるこの場から逃れ、あわよくばそのままフェードアウトしてしまおうと打算的な考えから小嶺について行くことにした。


 市川の後を追った二人だが、途中で紫音が妙な違和感を感じ立ち止まる。


「どうしたんすか?」


「……おかしい」


 紫音のその言葉に小嶺は首を傾げる。


「おかしいって、何がっすか?」


「……この先には輸送機の格納庫しかない。こんな時間にどうして一人でそんなところへ……」


 言われてみて始めて小嶺は辺りに人気ひとけがない事に気付いた。


「アレじゃないっすか?好きな子を呼び出して告白する的な」


「……それならいいんだけど……念の為」


 紫音は手印を結び摩利支天の真言を唱え、自身と小嶺に隠形の術をかける。


 二人はそのまま市川とは距離を取りながら後を追うと、市川は輸送機の格納庫に向かって歩いて行く。


 市川は格納庫の扉の前で立ち止まると、腰に帯びた聖霊刃を抜き、刀身を扉の隙間へと滑り込ませるようにして扉の鍵を破壊した。


 バキッという音の後、市川は辺りを見回してから格納庫の扉を開け中へと消えて行く。


「いま鍵壊して入ったっすよね? どういうつもりっすかね……」


 明らかに異常な光景を目の当たりにして、小嶺も流石にこれが逢引あいびきの類いではない事を悟った。


「……やっぱり、おかしい」


 そう言いながら紫音は格納庫の方へと向かう。


 格納庫の扉の前まで近づくと、紫音は鍵の壊れた扉のノブを握り、音がしないようゆっくりと扉を開く。


 わずかに開いた扉の隙間から中を覗き込むが、格納庫の中は照明も付いておらず真っ暗だった。


「暗くてよく見えないっすね」


 紫音の頭の上から覗き込むように中を窺う小嶺が小声でそう言った。


「……奥の方に僅かだけど光量がある」


 おそらく市川が携帯の照明か何かを使っているのだろう。その事を紫音が告げると、小嶺が中を覗き込もうと押し込むように扉の隙間に顔を捩じ込んできた。


「……ちょっと、押さないで」


 覆い被さるように覗き込む小嶺の重さに耐えきれず、紫音が思わず壁に手をつくと格納庫の照明ボタンに触れてしまったらしく、庫内が一瞬にして明るくなる。


 まずい、紫音はそう思ったが時すでにおそし。異変に気付き振り返った市川に、こちらの姿を見られてしまった。

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