第37話 進展

 合同訓練三日目。朝霧小嶺あさぎりこみね如月紫音きさらぎしのんを伴って、降魔霊器管理局に赴いた。


「すみませーん、第十一霊能大隊の者ですが訓練で霊符を使うそうなので取りに来ました」


 管理局の窓口で小嶺が係の者を呼ぶと、奥から担当らしき気の弱そうな若い男が出てきた。


「霊符ですか? おかしいな、いつもなら訓練で使用する時は事前に通告がある筈なのに……」


 応対した男は困ったようにそう言った。無論、訓練に必要だから取りに来たと言うのは小嶺の嘘である。


「そうなんすか? んー連絡ミスっすかね」


 小嶺は何食わぬ顔で、平然とそう返した。


「参ったなあ。今、霊符の在庫は無いんだけど」


 事前の連絡無しに霊符を催促され、男はどうしたものかと途方に暮れる。


「普段から在庫は無いんすか?」


「んー、ここの駐屯地では霊符を使う事があまり無いから、在庫は持たないで必要な時にその都度取り寄せてるんだよね。だから事前に連絡してもらわないと困るんだよ」


「それは確かに困るっすね。お騒がせしてすみませんでした」


 そう言って小嶺はそのまま帰ろうとすると、背後から呼び止められる。


「え? ちょっと霊符はいいの?」


「在庫が無かったって伝えときます。それじゃあ」


 軽く挨拶をして、小嶺と紫音は管理局を後にする。


「うーん、こっちでも霊符の横領があるかもしれないって大隊長が言うから調べに来たけど、ここの管理体制じゃ横領は無理っぽいっしアテが外れたっすね」


 もしここでも横領が行われていれば、それを手掛かりに捜査を進めようと思っていたが空振りに終わってしまった。


「はぁ、結局なんの進展も無しっすか」


 ここに来てすでに三日目だというのに、未だ妹尾せのおから霊符を受け取っていた犯人の情報は掴めていない。調査は暗礁に乗り上げていた。


「……地道に聞き取りしていくしか無い」


 ぼそっと呟く様に話す紫音に小嶺も賛同する。


「それしか無いっすかね」


「……私、人見知りだから……任せる」


「ずるいっすよ。あたしだって聞き取りって何を聞けばいいかわかんないっすよ」


 お互い嫌な事を押し付け合って歩いていると、一人の若い男性隊員が何やらため息をついているのが見えた。


「……丁度いい……あの人に話しかけて」


「えー、紫音ちゃんが話しかけてくださいよ」


 小嶺は自分に振られた事に不満の声をあげる。


「……こういうのは、コミュ力のある人の仕事」


 そんな風に二人が騒いでいると、男性隊員がこちらに気付き、向こうから話しかけて来た。


「あの、十一大隊の人ですよね?」


 やや、おどおどした様子で男性隊員は話しかけて来た。見ると小嶺達とそう変わらない年齢である事が窺えた。


「そうっすけど、そっちは第六の隊員さんでいいんすよね?」


「あ、はい。第二中隊の市川駿いちかわしゅんです」


「あたしは朝霧小嶺、こっちは如月紫音ちゃんっす。タメ語でいいっすよ」


 小嶺に紹介されて紫音は小声で「……よろしく」とだけ挨拶をした。


「ところで、ため息なんかついて何かあったんすか?」


「いや、大した事じゃないんだけど……実は僕、入隊してまだ二年目で、訓練はキツいし周りに同年代の隊員もいないから馴染めなくって」


 彼が言うには、第六大隊には歳が近く気兼ねなく話せるような相手がいない為、それが悩みの種になっているとの事だ。


「あー確かに同年代にしか話せないような話とかあるっすからね。キツイ訓練で弱音を吐きたくなる時もあるだろうし」


 市川の話に腕を組んで、うんうんと頷く小嶺。


「それに加えて、ウチの隊は派閥とかあって面倒だし……」


「派閥?」


 小嶺が小首をかしげて聞き返す。


「うん、梶原かじわら中隊長は訓練校出の人以外は正規隊員として認めてなくて、それを支持する梶原派と反発する人で別れてるんだよね」


 隊員同士で壁があるとは聞いていたが、どうやら派閥が出来るほど深刻な問題らしい。


「ふーん。で、あんたはどっちなんすか?」


「え? いや、僕は別にどっちって訳じゃないけど。ただ……僕の所属する第二中隊は中途で入隊した人が多くて……」


「ハブられてるんすか?」


 ストレートな小嶺の言葉に、市川は手を振って否定する。


「そういう訳じゃないよ。みんな訓練校出の僕にも良くしてくれてるよ。だけど、梶原派の人達からはあんまり良く思われてないっていうか……」


 梶原派からしたら、中途組と仲良くやってる市川は裏切り者に見えるという事らしい。


「あんたは中途入隊の人達を嫌ってないんすか?」


 小嶺がそう聞くと、市川は首を横に振る。


「僕は別に中途で入隊したからどうとか、そういうのはないかな。同じ隊に所属する者同士もっと仲良くするべきだと思うし」


 訓練校出身というから、てっきり市川も梶原派だと思ったのだが、彼の口ぶりではそうでもないらしい。


「なんで梶原中隊長はそんなに中途組を嫌ってるんすか?」


 小嶺は市川に素朴な疑問を投げ掛けた。


「さあ。噂では、梶原中隊長は前大隊長の後釜になるって言われてたんだけど、自分より後から中途で入隊してきた櫛引くしびき大隊長にその座を奪われたからじゃないかって」


 要するに、単なる私怨だというのが隊内での共通認識らしい。


「じゃあその一件がある前は、梶原中隊長も中途組をそこまで毛嫌いしてなかったって事っすか?」


「うーん、どうだろう。そこまで詳しくは知らないな。ただ、梶原中隊長が影響力を持つ様になったのは前大隊長がいなくなってからだって話だよ」


 以前から中途組を嫌ってはいたが、前大隊長がいなくなった事をキッカケに影響力を強めたのか、それとも噂通り単なる私怨なのか。どちらにせよ小嶺には梶原がきな臭い人物に思えた。


「最近、梶原中隊長の周りで何か気付いた事とかないっすか?」


「そう言われてなあ……最近梶原中隊は、よく出張で外に出てるくらいかな」


「……それは何時いつ? ……どこに行った?」


それまで、黙って二人の会話を聞いているだけだった紫音が反応した。


「え? さあ……そこまでは」


 市川も詳しくは知らないらしく、それ以上の情報は得られなかった。


「他には何かこの駐屯地で変わった事とかなかったっすか?」


 そう言われ、市川は記憶を辿る様に腕を組みながら視線を上に向け「うーん」と唸る。


「そういえば、この駐屯地に配備された魔装機兵を工廠へと送り返した事があったなあ」


「送り返した? 何のためにっすか?」


「理由は知らないけど、噂では先月の訓練校襲撃に使われた魔装機兵は、ウチが送り返した機体だったんじゃ無いかって話だよ。時期も合うしね」


 それを聞いて、小嶺と紫音の二人に衝撃が走った。


「ごめん、そろそろ休憩終わりだから行かなきゃ」


 二人にそう告げると、市川は訓練場へと走って行った。


「思わぬ収穫だったっすね」


 捜査が大きく進展するかもしれない情報を得て、小嶺は思わずガッツポーズを取った。


 梶原が何の目的で外に出ていたのかは分からないが、もし出張先に綱島駐屯地があれば妹尾と接触していた可能性もある。それに魔装機兵の話が噂通りだったのなら、いよいよって黒だ。


 二人は急ぎ報告するべく、男鹿の元へと向かった。

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