第36話 不甲斐なさ

 二日目の訓練が終了した。


 最終的な俺達の隊の戦績は、四勝五敗一引き分けという結果に終わった。


 前半は紫音しのんの活躍もあり勝てていたものの、後半は全員、霊力とスタミナの消耗で負けが続き、最後の試合は相手もこちらも消耗していたのでギリギリ引き分けに持ち込めた。


「よかったー。何とか最下位は避けられたね」


 最下位のペナルティーを回避できた事に、結衣ゆいは安堵のため息をついた。ちなみに最下位のペナルティーは夕食抜きらしい。もっと厳しいペナルティーが課せられると思っていたが、ハードな訓練の後に夕食抜きは地味にキツイかもしれない。


「みんな少ない人数でよく頑張ったな」


 朝日奈あさひな中隊長は模擬戦の結果は上出来だと褒めてくれた。


「いえ、朝日奈中隊長や如月きさらぎ先輩のお陰です。特に如月先輩はホント凄かったですよ」


 結衣は、やや興奮気味にそう話す。だが、結果とは裏腹に俺の心は燻っていた。傍にいた朱利しゅりも結果に納得がいっていないのか不満を口にした。


「僕は納得してません。勝てたのも結局、如月先輩と朝日奈中隊長がいたからです。僕たちは何もしていない」


 俺の中で燻っていた思いもまさに今、朱利が言った事に起因する。四勝出来たとは言えそれは自分の力では無い。さらに一戦目の後、梶原中隊長に言われた言葉が俺の心を蝕む。


 ──宝の持ち腐れ、か。


 それは、俺が立華りっかの力を使いこなせていない事に他ならない。俺が立華の力を引き出せていれば、模擬戦の結果はもっと違ったものになっていた筈だ。


「どうしたらもっと強くなれますかね……」


 つい自分の不甲斐なさから、そんな言葉が出てしまった。


「気持ちは分かるが、お前達はまだ新兵だ。焦る必要は無い」


 朝日奈中隊長は、諭す様にそう言った。


「模擬戦の結果も卑下する様なものでは無い。如月はともかく、私は最低限の足止めしかしていない。私が本気で戦ったら、お前達のためにならないと思ったからだ」


 朝日奈中隊長は、模擬戦の結果に自分は貢献していないと主張した。彼女が本気を出していたら結果はまた違っていたものになっていたという事か。


「だとしても、紫音がいなければ一試合も勝てなかったと思います」


「だが、その分こちらは人数差という不利な条件下だったんだ。単純に戦力の比較は出来ないさ」


 仮定に意味は無いと、朝日奈中隊長は言う。


「焦る事はない。今回の合同訓練はお前達にとってまたとない成長の機会だ。この任務が終わる頃にはお前達は間違いなく強くなってるだろう」


「そうそう。周りと比べて落ち込むより、むしろ良いところを盗んで強くなってやるくらいの方がいいんすよ」


 いつの間にか会話に混ざっていた小嶺こみねが、珍しく先輩らしい事を言った。


男鹿おが大隊長の介抱をしていたんじゃないのか?」


「大隊長なら、体調悪いから部屋に戻るって言ってたっすよ」


「まだ調子悪いんだ」


 結衣は思わず苦笑いして言った。俺も男鹿大隊長のフリーダムさを見ていたら真面目に悩んでるのが馬鹿らしく思えてきた。





 男鹿大門は一人、駐屯地内の施設を歩いていた。


 二日酔いを口実に、部屋へ戻るフリをして施設内を見て回っていたのだ。


「ここが降魔霊器の保管棟か」


 男鹿は施設の一画で足を止め、建物を見上げながら一人呟いた。


「二日酔いはもういいのか?」


 背後から声をかけられ、男鹿は後ろを振り向く。


「何だ、お前か」


 振り向くと、そこには櫛引くしびきが立っていた。


「何だ、じゃないだろ。こんなとこで何ウロウロしてんだ」


「別に、ただ施設内を見学してただけだよ」


 男鹿の言葉に櫛引は「本当か」と、訝しむ様に言った。


「あんまり他所の人間が施設内をウロつくなよ、ただでさえ最近は訓練校の襲撃やらで神経質になってるんだ。あんまり怪しい動きして疑われても庇いきれないぞ?」


 あまり不審な動きをするなと櫛引は釘を刺す。


「わかってるよ。それより、ここの霊符の管理ってどうなってんだ?」


 その質問に櫛引は首を傾げた。


「霊符の管理? そんなもん聞いてどうするんだ?」


「うちの駐屯地で霊符の横領があったからな、ここは大丈夫か気になってな」


 男鹿はもっともらしい理由を付けて聞いた。もし、ここの霊符も横領されていたら犯人に繋がるかもしれないと考えたからだ。


「そう言えばお前のとこで起きた事件だったな。どう管理してるかって聞かれても、俺が管理してる訳じゃないからな。うちはそもそも普段から霊符はあまり使わないしな」


「ふーん、成る程ね」


 男鹿は納得したのか、それ以上は聞こうとはしなかった。


「男鹿、お前なんか隠してないか?」

 

 男鹿の言動に違和感を覚えた櫛引がそう質問する。


「何も隠してねーよ」


「とぼけるなよ。お前とはそれなりに長い付き合いなんだ、それくらい分かるさ」


 男鹿は「はぁ」とため息を吐くと、頭を掻きながら櫛引の顔を見て答える。


「別にお前が心配するような事じゃねえよ」


 そんな男鹿の態度を見て、これ以上話す気はないのだと櫛引も悟った。

 

「ならいいが、あまり危険な事に首を突っ込むなよ」


 櫛引は、呆れながらも男鹿の身を案じてそう忠告した。


「分かってるって。じゃあな」


 そう言って彼は。後ろ手に手を振りその場を後にした。

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