第34話 第一中隊

「うぅー、頭いてぇー」


 訓練場の隅で、男鹿おが大隊長が頭を抱えて死にそうな顔で唸っている。どうやらあの後しこたま飲んだらしく二日酔いらしい。


「もぉー、二日目にしてクズムーブかまさないで下さいよ大隊長。はい、水っす」


 呆れながら介抱する小嶺こみねに男鹿大隊長は「すまん」と謝り、水を受け取る。


如月きさらぎぃ、二日酔い治す術とかない?」


「……あるわけない」


 バッサリと切り捨てる紫音。それはそうだ。そんな都合のいい天倫術なんてあるわけはずがない。


「……決めた。俺もう酒飲まない」


 一体、過去何人の人間がそう言ってきたであろうか、全く信用の出来ない誓いをする男鹿大隊長。


「ソレ何度目のセリフっすか」


 聞き飽きたと言わんばかりに小嶺がツッコミを入れる。実際、酒をやめると言って本当に酒をやめられた人間を俺は知らない。


「おや、大丈夫ですか?」


 二日酔いでグロッキーになっている男鹿大隊長に一人の男が声を掛ける。長身で手足が長くスラリとした体躯。理知的に見えるその顔はどこか冷酷さを感じさせる。そんな人物だった。

 

梶原かじわら中隊長。いやぁ、これはお恥ずかしい所を」


 声を掛けてきた男、梶原中隊長に男鹿大隊長は申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえいえ、お辛いようでしたら医務室まで案内しますが?」


 そう気遣いをする梶原中隊長。一見、丁寧で礼儀正しく見えるが、どこか尊大にも見えるその態度は慇懃無礼と言うのに相応しかった。


「いえ、大丈夫です……」


「そうですか、ですが辛くなったら無理なさらず言ってくださいね」


 梶原中隊長は、どこか不敵な笑みを浮かべながらそう言った。


「ところで、男鹿大隊長から見て第六はどの様に見えますか?」


「どう……とは?」


 質問の意図を探る様に男鹿大隊長が聞き返す。


「言葉のままですよ。思った事をありのまま仰っていただいて結構です」


 梶原中隊長は、他意はないと伝えるかの様に微笑を浮かべた。それを受けて、男鹿大隊長も自らの意見を伝えるべく口を開く。


「良い隊だと思いますよ。優秀な人間なら出自を問わず内外からも人材を集めて、実力さえあれば上に立つ事も出来る。俺は嫌いじゃないですよ、そういうの。櫛引の奴が大隊長になれたのも、この隊のそういう方針のおかげでもありますしね」


 男鹿大隊長は素直にそう述べた。


「ただ、それを面白く思わない人間がいるのも事実です。そのせいで隊内に軋轢が生まれているのは宜しくないですね」


 男鹿大隊長は、軋轢を生んでいる張本人と思われる者の前で平然とそう言ってみせた。


「これは耳が痛いですね」


 挑発的にも思える男鹿大隊長の言葉に、梶原中隊長は僅かに肩を竦めて見せる。


「優秀な人材は出自を問わず内外から集めるべき。前の大隊長の口癖でした。第六の方針は前大隊長の思想を投影して出来たと言っても過言ではありません。確かに素晴らしい方針だと思われるでしょう。ですが、私の意見は違います」


「と、言いますと?」


 彼は男鹿大隊長に問われると、しばらく沈黙したまま空を仰ぐ。


「昔……子供の頃、熱帯魚を飼っていましたね。飽きずによく眺めていたものでした」


「……はあ」


 突然始まった脈絡の無い話に、男鹿大隊長を含め、俺や小嶺も一瞬あっけに取られた。


「そんな私を喜ばせようとしたのか、ある日父が新しい熱帯魚を買ってきましてね。朝起きた時に驚かせようと、夜中の内に新しい熱帯魚を水槽に入れたんですよ」


 まるで昔を思い出し、懐かしむ様に語る梶原中隊長。


「ところが、朝起きたら水槽の中にそれまで飼っていた熱帯魚は、父が買ってきた熱帯魚に全部食べられてしまいましてね、私は大泣きしましたよ。父は熱帯魚に詳しくなかったので、混泳させてはいけない種の事を知らなかったんですね」


 そう語る梶原中隊長は、今ではいい思いで話だと笑っていた。


「私はね、この隊をあの日の水槽の様にはしたくないんですよ」


 彼は先程までとは打って変わって、真剣な面持ちと口調でそう言った。


「少し無駄話がすぎましたね。そろそろ訓練の方を始めましょうか」


 そう言って梶原中隊長は、訓練場の中央へと歩きだしたのだった。


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