第25話 査問会②

 俺の発言に皆が一斉に妹尾せのおを見る。


「私が犯人だと? 一体なんの根拠があって言ってるんだ」


 俺の告発に妹尾は狼狽える事もなく、そう言い返した。しかし、そう反論されるのは当然こちらも見越している。


「まず、在庫データにアクセスするにはパスワードが必要です。この時点で犯人は管理局の職員である可能性が高いと考えました。そして、その職員で最も工作をしやすいポジションにいるのが妹尾部長、あなたです」


「冗談じゃない。そんな理由で疑われたら、こっちはたまらないよ。第一、私が盗んだ証拠がどこにある?監視カメラの映像にでも残っていたか?」


「……いえ、監視カメラの映像記録には妹尾部長は一切映っていませんでした」


 妹尾は「そらみろ」と言って大袈裟に手を広げて呆れて見せた。


「語るに落ちるとはこの事だな。私が霊符に触ってすらいないのは映像記録で明らかだ。君たちは証拠集めの為に必死になって映像記録を調べたようだが、かえって私の無実を証明してしまうとは皮肉な事だよ」


「確かに、映像記録にはあなたの姿は映っていませんでした。でもあなたには出来たんですよ。霊符を盗み出す事が」


 俺は立華と小嶺に合図をし、用意していた資料を配ってもらった。


「これは半年間の入出庫記録ですが、毎月500という数の霊符が入庫されてるのがわかります」


「これが何だと言うんだ?霊符の入庫くらいあって突然だろう」


「ええ、しかし先ほども言いましたが如月きさらぎさんの作った霊符はプレハブ小屋から出ていません。なら、この霊符は一体どこから入庫されたものなんでしょうか?」


「…………」


 俺の問い掛けに妹尾は沈黙する。最初こそ余裕の態度だった妹尾にも徐々に焦りが見え始める。


「この霊符の出所を調べてみたところ、横浜の基地から取り寄せた物と判明しました」


「……それがどうした?他所の基地から物資を取り寄せるのは別に珍しい事じゃない」


「ええ、ですがそれは在庫が足りない場合です。この駐屯地には大量の霊符があるのにも関わらず、わざわざ他所から取り寄せた理由は一つしかありません。それは送られてきた霊符を横領する為。そしてその犯人が妹尾部長あなたです!」


 俺が強い口調で妹尾を糾弾すると、彼の顔が見る見る紅潮していくのがわかった。


「大っぴらに霊符を盗む事が出来ないあなたは、他所の基地から霊符を取り寄せる事で監視カメラの目を潜り抜けた。そして在庫データを改竄し如月さんに罪をなすり付けたんです!」


「言いがかりだ!」


 妹尾は語気を荒くして、ドンッとテーブルを叩きつけて叫ぶ。


「さっきから黙って聞いていれば、お前の言った事は全部憶測に過ぎないだろ! 具体的な証拠なんて一切ないじゃないか?ええ!?」


 まるでヤクザの恫喝のようなその言いように、俺は動じず冷静に対応する。


「ではこれからその証拠をお配りします」


 俺は朝日奈あさひな中隊長に目配せをし、資料を配ってもらうことにした。ここから先は彼女に任せる事になっている。


「お配りしたのは口座記録です。失礼ながら管理局の職員達の口座を調べさせてもらいました」


 妹尾は「なにぃ!」と目を見開いて叫んだ。


「他の職員達には不審点は見当たりませんでした。ですが、妹尾部長の口座にはかなりの額の入金記録があります。妹尾部長、このお金は一体なんですか? 霊符を横流し、金銭を受け取っていたのでは?」


「ち、ちがう! ……これは、株式の売却益だ!断じて不正な金ではない」


「では年間取引報告書を提出して下さい。株式投資で得た利益だというのなら問題なく提出できるはずですが?」


「ぐぐぐううううううぅ!」


 朝日奈中隊長の追及に、もはや妹尾は反論できず、うめき声を上げることしか出来なかった。


「どうやら結論は出たようだな」


 勝呂かつろ司令のその一言は事実上、査問会の終わり意味した。


 妹尾は警備の兵に連行され、紫音しのんへの嫌疑は晴れ査問会は閉会した。


 皆が退出する中、小嶺こみねは紫音の元に駆け寄り抱きついて喜んだ。


「良かったすねー紫音ちゃん」


「……苦しい」


 小嶺に抱きつかれ揉みくちゃにされる紫音だが、その表情に不満や嫌がる様なものはなかった。


 そんな二人を横目に退出しようとした俺に、紫音が声を掛けてきた。


「……あの……ありがとう」


「いや、俺は何も。礼なら他の人たちに言ってあげて下さい」


 俺がそう言うと、紫音は大隊のメンバーの顔を見回して再度頭を下げて礼を言った。


「……この恩は……必ず返す」


 大袈裟だな、と思う俺の後ろから男鹿おが大隊長が顔を出す。


「それならウチの隊に入ってくれると助かるんだがなあ。小嶺に掛けられた術式の事もあるし、どうかな?」


「……そんな事でいいなら」


「マジっすか? やったー!」


 大隊長の誘いに紫音は二つ返事で頷き、その後ろで小嶺は飛び跳ねて喜んだ。


「ありがとうございます如月さん」


「……紫音でいい……あと、敬語もいらない……仲間……だから」


 そう言うと紫音は、おずおずと手を差し出してきた。


「ありがとう紫音。これからよろしく」


 精一杯の勇気を振り絞って差し出したであろう紫音の手を、俺は握り返し改めて礼を言った。


 こうして一連の騒動は幕を下ろした。しかし妹尾が霊符を横流ししていた先など、未だ不透明な部分を残したままだった。

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