第22話 捜査

 隊舎の執務室に重苦しい雰囲気が漂っている。誰一人として口を開かず、ただデスクに座り粛々と報告を待っているのだ。


 ガチャ、とドアが開く音がすると皆が視線をあげ、中に入って来た男鹿おが大隊長を見る。


「どうでしたか?」


 朝日奈あさひな中隊長が聞く。


如月きさらぎが霊符横流しによるスパイ容疑で拘束されたってのは本当らしい。本人は容疑を否認してるがな」


「紫音ちゃんはどうなるんすか?」


 不安そうな表情で小嶺こみねが聞いた。


「このままいけば軍法会議は免れないだろうな……最悪、死罪もあり得る」


「そんな!」


 小嶺は悲痛な叫びをあげる。


「なんとかならないんですか?」


「如月にかけられた疑いを晴らすしかないな。アイツへの容疑は全て状況証拠だ。どこの誰に横流ししたのか、ハッキリとした物的証拠があるわけじゃない」


「回りくどい言い方はいいっすよ大隊長!要するにどうすればいいんすか?」


 せっかちな小嶺に呆れながら、大隊長は頭をガリガリ掻きながら答える。


「まあ、つまり真犯人を突き止めれば如月の無実を証明出来るって事だよ」


 それを聞いた小嶺の顔は、先程までの暗かった表情とは一変、希望とやる気に満ちた明るいものへとなっていた。


「ただし」


 浮かれる小嶺に釘を刺すかのように大隊長が付け加える。


「タイムリミットは四日だ。四日後に査問会が開かれる、それまでに如月の無実を証明しなきゃあいつは特別裁判所送りだ」


「四日もあれば充分っすよ、ぜったい真犯人見つけてやるんすから」


 意気込んでる小嶺には悪いが、正直四日で真犯人を突き止めるのは難しいだろう。


「やれやれ、やる気があるのは結構だが犯人にアテでもあるのかい?」


 立華りっかの指摘に小嶺は「うっ」と答えに窮する。


「とにかく、情報を集めよう。まずは如月さん本人に話を聞きに行こう」


 俺がそう言うと、朝日奈中隊長が待ったをかけた。


「残念だが勾留後、七十二時間は如月本人に面会は出来ない決まりになっている」


「そうなんすか?」


 四日後に査問会があるのに面会出来るのは三日後。本人に話を聞いてから動いていたら間に合わない。


 どうするべき悩んでいる俺を見て朝日奈中隊長が助け舟を出してくれた。


「今回の件は降魔霊器管理局からの訴えが始まりだ。情報を集めるなら、まずは管理局から話を聞くのがいいだろう。話はこちらで通しておく」


「ありがとうございます」


 俺は中隊長に頭を下げると、立華と小嶺を連れて降魔霊器管理局に話を聞く為、執務室を後にした。




 降魔霊器管理局はその名の通り、降魔霊器を管理する部署である。


 一口に降魔霊器といっても聖霊刃や霊符、霊糸で編まれた防弾霊衣など多岐にわたる。この駐屯地内で管理されていたのは主に霊符だ。


 俺たち三人は管理局の応接に通されると、程なくして、この駐屯地の管理局を任されている妹尾せのお支部長がやってきた。


「すまない、待たせたね」


「いえ」


 そう言って俺の対面に座る妹尾は、管理局という事務方には似つかわしくない精悍な顔つきと雰囲気を纏っていた。


「それで、聞きたい事というのは何かね?」


「如月紫音さんの件で伺いたい事がありまして」


 その話を聞いた瞬間、妹尾の表情がわずかに曇ったように見えた。


「その件ならすでに憲兵に資料も渡して説明したんだがね」


「ええ、ですが直接話を伺いたいと思いまして」


「どうして君たちが首を突っ込むんだ?憲兵や検察に任せておけばいいだろう」


「実はここにいる小嶺が厄介な術式をかけられてまして、それを解呪できるのが如月さんしかいないんです。このまま彼女が起訴されて実刑判決を下されたら小嶺にかけられた術式を解ける者がいなくなってしまい困るんですよ」


 俺はあえて紫音以外には術式を解けないと誇張した。そうでも言わなければ、他の術師に解呪を頼めばいいだろうと言われ、捜査へ介入する口実を失ってしまうからだ。紫音を失えば小嶺の術式は解けないと思わせなければならない。


「なるほど、だから彼女にかけられた嫌疑を晴らしたいという訳か……だが正直それは難しいと思うぞ」


「なぜですか?」


「在庫データへのアクセスログが残っているからだよ。彼女が在庫データの改竄を行ったと見るべきだろう」


 さらに妹尾は語気を強めて言う。


「半年前に彼女が赴任してから生じた在庫と実数のズレ、いつでも霊符に触れられる環境、在庫データへのアクセスログ。全て状況証拠でしかないが、現状もっとも怪しいのが彼女である事は疑いようのない事実だ」


 確かに妹尾の話だけ聞けば言い逃れ出来ないように聞こえる。俺も紫音と会っていなかったら信じていたかもしれない。


「誰かが如月さんのログインIDを不正利用、もしくは偽造した可能性はありませんか?他にもアクセスログ自体が捏造された可能性も考えられます」


 俺の踏み込んだ質問に対して、妹尾は腕を組んで背もたれに寄りかかって答える。


「ないとは言い切れないな。だがどちらも証明出来なければ意味がない」


 確かにその通りだ。疑惑があるというだけでは紫音の無実を証明は出来ない。


「一つ聞きたいんだが、霊符は普段どこに保管されてるのかな?」


 それまで黙っていた立華が妹尾に質問する。


「専用の保管倉庫だ」


「普段そこに出入りする人の数は?」


「私を含めた職員数人だな」


 それを聞いた立華は成程と頷く。


「なら、あんたを含めた職員も霊符を持ち出す事は出来るわけだね?」


「君の言う通りだな。だが、もしそんな事をした人間がいたのなら監視カメラに映ってるはずだ。まあそれは今後、捜査が進めばわかるだろう」


 立華の無礼な物言いに妹尾は腹を立てるでもなく、あくまで冷静にそう話す。


「もういいかな? こちらも暇じゃないんでね」


 そう言って妹尾は席を立ち上がり質問を打ち切った。暗に、帰れと言っているのだ。


「お時間を取らせてすみませんでした」


 俺は頭を下げ、二人を連れて管理局を後にするのだった。


 管理局の外に出ると小嶺が立華に対して怒り出した。


「もう! 立華ちゃんのせいで追い出されちゃったじゃないっすか!」


「どの道あれ以上は聞ける事もなかったからいいだろ。それよりどう思う?」


 立華の問い掛けに小嶺は首を傾げる。


「どうって何がっすか?」


「管理局の事さ。私は怪しいと思う。特にあの妹尾とかいう男はな」


「確かに、最初からあまり協力的には見えなかったしな。それに自分が疑われたのに怒るそぶりもなかった。ふつう自分が疑われたら不快感を示しそうなものなのに」


 つまりアリバイ工作があるからこその余裕。


「いや、怒ったから追い出されんだじゃないっすか?」


「あれは疑われた事に対してじゃなくて、立華の失礼な態度に対して怒ったんだろう」


「じゃあ真犯人は妹尾って人っすか?あたし達が事件に首突っ込んでる事にいい顔してなかったし」


「断定は出来ないけど、事件の真相について何かしら知ってはいそうだな」


 そこまで言うと立華が何やら笑みを浮かべて言う。


「こうなったらとことん調べてやろうじゃないか」


「何をする気っすか?」


「保管倉庫に設置されてる監視カメラの映像を調べるんだよ」




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