第21話 取り調べ

「おはようございます」


 俺が挨拶をして立華りっかを伴い隊舎に入ると、既に執務室のデスクに座っている副官の朝日奈あさひな中隊長が挨拶を返して来た。


「おはよう。昨日はご苦労だったな」


「いえ、まだ何もしてないですよ。ところで男鹿おが大隊長はまだ来ていないんですか?」


「あの人はいつもギリギリに来るからな」


 朝日奈中隊長はどこか諦めた様な口調でそう語った。


「ところで勧誘の方はどうだ?」


「正直厳しいですね、どうすれば彼女の心を動かす事が出来るのか……」


「まあ、まだ時間はある。彼女とはゆっくり打ち解けていけばいい。何か困ったことがあれば相談しろ。微力だが力になるぞ」


 朝日奈中隊長は優しく微笑んでそう言ってくれた。


「ありがとうございます」


 俺は頭を下げながらも、この人の方がよっぽど大隊長に向いているのではないかと思ってしまった。


「ういーす、おはよー」


 俺と朝日奈中隊長が話していると、雑な挨拶で男鹿大隊長が入って来た。


「男鹿大隊長、始業一分前ですよ」


 朝日奈中隊長がたしなめるように注意するが、当の男鹿大隊長はまるで気にする素振りはない。


「遅刻してないからいいんだよ。俺は無駄な残業も早出もしない主義なんだよ。もちろん休日出勤もな」


 何故かその言葉を聞いて、立華が小さく頷いている。


「どうやら、君とは気が合いそうだね」


 男鹿大隊長の言葉に意気投合したのか、立華は大隊長と硬い握手を交わすのだった。


小嶺こみねがまだ来てませんね」


 朝日奈中隊長に言われて俺も小嶺の姿がない事に気づく。


「あいつ、弛んでるな。ここは隊長の威厳を見せるためにもガツンと言ってやらないとな」


 そんなところで威厳を見せないでほしいんだけど。俺が心の内でそんな事を考えていると執務室のドアが勢いよく開けられた。


「たいへんすよ!」


 大声をあげ、慌てた様子で入って来たのは小嶺だった。


「おい小嶺おまえ、始業時間過ぎてるぞ」


 大隊長が小嶺に注意をする。


「それどころじゃないっすよ!」


「何かあったのか?」


「紫音ちゃんが大変なんすよ!」


 小嶺はろくに説明もしないまま、とにかく来てくれと俺たちを引っ張っていった。


 小嶺に言われるまま、紫音のプレハブ小屋の近くまで来ると俺は驚いた。


「一体何があったんだ?」


 普段は人が来ない所に、ポツンと建てられたプレハブ小屋に人だかりが出来ていたのだ。


「……あの、これは一体なんの騒ぎですか?」


 俺は、近くにいる野次馬の一人に質問した。


「スパイ容疑だとよ。なんか霊符を横流ししたとか、なんとか」


 それを聞いて小嶺が声を上げる。


「そんな! 嘘っすよ、なんかの間違いっす!」


 小嶺が大声で騒いでいると、プレハブ小屋から数人の男に囲まれた紫音が出て来た。


「紫音ちゃん!」


 小嶺が呼びかけるも紫音は反応する事なく、ただ俯いて連行されていく。俺たちはその光景を見ている事しか出来なかった。




 私は有無も言わさず取り調べ室に連行された。


「まず今回、君を拘束する事になった経緯を説明しよう」


 男は取り調べ室の机の上にで両手を組み、丁寧な口調で話し始めた。


「降魔霊器管理局からの報告で霊符の在庫数が合わない為、在庫記録を遡ったところ、どうやら半年前から在庫データが書き換えられていた事が判明した」


 半年前と言ったら、私がこの駐屯地に赴任した時期だ。私はなんだか嫌な予感がした。


「そこで在庫データのアクセスログを調べて見たら君のIDによるアクセスログを確認した」


 ……アクセスログ? 一体なにを言っているんだ。私は在庫データにアクセスした覚えはない。


「状況的に見て君が在庫データの改竄かいざんを行ったと見るべきだろう」


「……そんなはずない……私はアクセスなんてしてない」


 私が反論すると、男は鞄から書類の束を出し机に叩きつけた。


「この通り、半年間に及ぶ君のアクセスログ

が残っている」


 そんな馬鹿な……これはどういうことだ。私は全身から汗が噴き上がるのを感じた。


「しかも君がアクセスした回数は一度や二度じゃない、それも深夜の時間帯を狙ってだ。君に後めたい事がないのなら答えて欲しい、一体なんの為に在庫データにアクセスしたのか」


「……身に覚えがない」


 反論したがったが、頭が真っ白でそれしかいう事が出来なかった。


「しらばっくれるな! アクセスログが残ってるんだ、言い逃れは出来ないぞ!お前でなきゃ他に誰がやったと言うんだ!」


 男は語気を強め、威圧するかのように机を叩きつけた。


「……アクセスログは誰かが捏造したもの。私は……やってない」


 私は必死で声を振り絞り、身の潔白を訴えた。


 男は面白くなさそうに椅子に寄りかかり、冷めた視線を私に向ける。


「ふんっ! まあいい。どうせお前は特別裁判所に送られ軍法会議にかけられる。弁明ならそこでするんだな」


 軍法会議にかけられ、もし身の潔白が晴らせなかったら最悪死罪も有り得る。私は一瞬、目の前が真っ暗になった。


 私にはまだやらなければならない事がある。両親の死の真相も分からないまま死ぬわけにはいかない。でもどうすればいい?分からない。私はただ絶望する事しかできなかった。

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