第20話 拘束
「殺されたって……いったい誰に?」
突然の話の展開に俺は動揺しつつも、勤めて冷静に質問した。
「……分からない……それを調べるために私は軍に入った」
伏し目がちにそう答える
「両親の死に軍が関与してると言うのか?」
「……私は……そう思っている」
立華の問い掛けに対し、如月さんは遠慮がちに答える
「何故そう思うんだい?」
「私の両親は……
術式編纂室というのは確か、新しい天倫術の構築や既存の術式を新たな体系に組み込む事を仕事としてる部署だ。確かに人が死ぬ様な部署ではないから彼女の両親の死は不自然な話ではある。
「記録では……術式の実験で失敗して死亡した事になってる。……でも詳しく調べても実験内容の事は書かれていない。……遺体も返ってこないし……検死の記録もない。事故死にしては不自然」
「確かに妙な話だ。だが、それだけでは殺されたと断定できないんじゃないか?」
立華の言う通り、今の話だけでは殺人とは断定出来ない。だが、如月さんに疑惑や不信感を抱かせるには十分だ。
「……いずれにせよ……軍は何かを隠している」
勧誘の糸口になればと始めた会話だったが、いつしか部屋の空気は剣呑としたものとなっていた。
「ところで
「色々と準備が必要だから……今日はもう終わり。……明日また来て」
今日のところは診断で終わりの様なので、俺たちはプレハブ小屋から引き上げる事にした。
「いやーしかし紫音ちゃんにあんな重い過去があったなんて」
自分たちの隊舎へと帰る道すがら、小嶺がそう呟いた。
「……そうだな」
「それより勧誘はどうするんだい? あの様子じゃ難しいんじゃないか」
立華の言う通り、このまま勧誘を続けても紫音が入隊してくれる可能性は低いだろう。どうしたものかと頭を悩ませる俺の横で、さらに立華は毒付く。
「そもそも本当に入隊させたいなら人事部に掛け合えばいいものを」
「うーん、でもそれじゃ多分紫音ちゃんの為にはならないと思うんすよね」
「どういう事?」
小嶺の言葉に俺が質問を投げ返す。
「さっきの紫音ちゃんの話でもわかるように、あの子は周りの人間を信用してないと思うんすよ」
「そうだろうね」
と立華も頷く。
「だから無理に引き抜いても意味がないって言うか、多分大隊長もそれがわかってるから説得役に
「なんで俺なんだ?」
「煉君も訓練校では浮いてたって、大隊長が言ってたっすよ。同じ苦しみを知るもの同士って事じゃないっすか?」
「どうだろう……俺と彼女じゃ置かれている状況が違うよ。あそこまで重い過去を背負ってもいないし……」
似ている様でまるで違う、そんな彼女の心を俺が動かせるのだろうか。
煉たちが帰った後、紫音はいつもの様に机に座り、黙々と霊符を書く。
いつもは無心になって筆を走らせるのだが、今日はいつになく雑念が入る事に紫音は気づいた。
──喋り過ぎた。
聞かれたからとは言え、何故あんなにも話してしまったのだろうか。
──本当はずっと誰かに聞いて欲しかった?
頭に浮かんだ答えを紫音は即座に否定する。
──そんな筈ない。
頭の中の雑念を消すかの様に、ひたすら霊符へと筆を走らせる。そうしてガムシャラに腕を動かしていると、いつしか日付が変わり、連日の疲労からか気付かない内に紫音は机に突っ伏して眠ってしまった。
そのまま朝まで寝てしまった紫音を起こしたのは、プレハブ小屋のドアをノックする音だった。
──朝?……いつの間にか寝てた。
紫音は眠い目を擦りながら、部屋の壁掛け時計に目をやり時間を確認する。
ゴンゴン、と再びドアを叩く音が部屋の中に響いた。
──うるさい。
朝から一体誰だ、ひょっとして小嶺がもう来たのか?空気を読めない彼女ならあり得ると紫音は結論付けるが、解呪の術式を準備しないで寝てしまった事に気づいて少しだけ焦った。
紫音は気怠げにドアを開けると、見慣れない顔の男が立っていた。
「……誰?」
紫音は男に向かって、ぶっきらぼうにそう言った。よく見ると男の後ろには何人もの人間が物々しい雰囲気で立っていた。中には聖霊刃を持っている者までいる。
「如月紫音だな?」
「……そう……だけど」
「霊符横流しの疑いで君を拘束する」
そう言うと、男は紫音に手錠を掛け身柄を拘束した。
「……は?」
──横流し? ……拘束?何を言ってるんだ?
紫音は自身に何が起こったのか理解出来ず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
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