第19話 如月 紫音
プレハブ小屋から出てきたのは、目の下にクマがあり、物憂げな表情をした長い黒髪の女性だった。
「……何か用?」
「あ……えーと」
俺が言葉に詰まっていると、後ろから出てきた
「
「……っ」
如月さんは、無抵抗な猫が犬に舐め回されるかの様にされるがままだった。
その状況を黙ってみていると、じーっとこちらを見る如月さんと視線が合ってしまった。
「見てないで何とかしろ」そう目で訴えている様だった。
俺は慌てて小嶺を如月さんから引き離す。ここで彼女に機嫌を損ねられては後々厄介だ。
「……それで……何しに来たの?」
「えーっと……小嶺が敵の術式にかけられてしまって、解くのが難しいらしくて相談に……」
「そうなんすよ、紫音ちゃんなら何とか出来るかなーと思って」
「……はあ、めんどくさ」
彼女は露骨に嫌そうなため息と共に、小声で不満を口にした。
「まあいいや……入って」
彼女はそう言ってプレハブ小屋の中へと入る様、促す。
中に入ると、部屋一杯に積まれた紙の束が所狭しと並んでいて、その光景に思わず圧倒された。
「……なんですかコレ?」
「……霊符……これ、作るのがわたしの仕事」
「一人でこれだけの量の霊符を書いてるのか……」
如月さんの言葉に、流石の
「大丈夫っすか紫音ちゃん?働きすぎなんじゃ……」
小嶺は心配そうな目で如月さんを見て言った。
「……平気。前線にいた頃よりは……マシ」
前線部隊にいた彼女が言うと重みが違うが、銃弾が飛び交う死と隣合わせの戦場と比べる時点でどうなのだろうか。
「それより……早く用件を済ませたい」
そう言うと小嶺の前に椅子を置き、座って背中側を向けるよう指示をする。どうやら小嶺にかけられた術式の診断をする様だ。
彼女は小嶺の背中に左手を当てると、右手の中指でトントンと何回か叩く。
「何やってるんですか?」
「……霊波で体の中をスキャンしてる」
「それで……どうっすか?」
「……んー複数の術式が絡み合って……霊絡にまで侵食してる。かなり厄介」
如月さんは小嶺の体を触診しながら淡々とそう述べた。
「解呪できないんですか?」
俺がそう聞くと、如月さんが答える。
「出来なくはない……ただ、時間が掛かる」
それを聞いた小嶺は「えぇ〜」と不満の声を上げる。
「時間が掛かるというのは、具体的にどれくらいですか?」
「分からない……少なくとも、一日や二日では無理……だと思う」
その言葉を聞いて、俺は勧誘するチャンスだと思った。
「あの、それならウチの隊に来てもらえませんか?その方が付きっきりで小嶺の解呪ができますし」
「……君の隊?」
俺が言うと、如月さんは首を傾げる。
「そう言えば名乗っていませんでしたね。第十一霊能大隊所属、
俺が名乗ると、少し間を開けて彼女も自分の名を名乗る。
「如月紫音……よろしく」
「あの、それでどうですか? ウチに来るっていうのは。ウチの隊は天倫術師がいないので来ていただけると助かるんですが」
俺は再び、彼女の意思を確認するべくそう聞いた。
「異動しましょーよ紫音ちゃん。そしたら、こんなバカみたい量の仕事しなくていいんすよ」
小嶺も親しい友人を誘うかの様にノリノリで勧誘する。
「……やめておく」
彼女は一言そういって断った。
「ええー!何でっすか?」
断られた事にショックを受ける小嶺の横から、立華が口を挟む。
「ひょっとして小嶺がいるから嫌なのか?」
「どういう意味っすか?」
立華の言葉に不満を露わにする小嶺。そんな二人のやり取りを冷めた目で見ながら紫音は答える。
「別に現状に不満を感じてない……むしろ一人で気楽」
コミニュケーションが苦手そうな彼女からしたら、むしろ一人で仕事できる今の環境の方が望ましいという事か。
俺は、どうすれば彼女を引き抜けるだろうかと考えた。
「そういえば、どうして如月さんは天倫術師になろうと思ったんですか?」
俺は、ふと疑問に思った事を彼女に聞いた。
「……両親が天倫術師だったから」
「両親に憧れて同じ道を選んだって事ですか?」
俺の質問に対して如月さんは首を横に振る。
「……違う。両親の事は尊敬していたけど、両親を追ってこの世界に入ったわけじゃない」
「それじゃあ、どうして?」
「……両親は天倫術師として軍の研究機関で働いてた……そして、殺された」
彼女の口から語られた事実に、全員がその場で凍り付いた。
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