第18話 初任務

「任務……ですか?」


 いきなり任務などと言われ、正直俺は戸惑ってしまった。そんな俺の動揺を察してか、男鹿おが大隊長は先程までの真剣な表情を崩して朗らかに笑った。


「そんな不安そうな顔するな。まだ正式な入隊前だ、任務って言ってもそんな大層なもんじゃないさ」


「……はあ」


 緊張が解けた俺は、なんとも気のない返事をした。


小嶺こみねが術式による攻撃を受けたのは知っているな?」


「は、はい。目の前で見ていましたから」


 小嶺は八尋やひろとの戦闘時、霊符による攻撃を受け霊力を封じられてしまっている。確か封縛符とか言ったか。


「どうにもその術式が厄介なものでなあ。呪術とか呪いと言ったたぐいのものらしくて容易に解呪できないそうだ」


「呪い……」

 

 呪いと言う言葉を聞いた瞬間、俺は小嶺との戦闘時に八尋が投げた霊符、そこから伸びた黒い触手の様な影を思い出した。確かに影が小嶺を蝕むあの光景は呪いの様に見えた。


「さっきも言ったが、うちは人手不足だ。今回の小嶺の件でうちにも術師が欲しいと思ってな、おまえにそのスカウト役を頼みたい」


 任務というのは要するに、小嶺の受けた呪いを解呪できる術師を連れてこいという事のようだ。


 ちなみにこの国で術師というのは、天倫術てんりんじゅつを扱える者の事を指す。


 天倫術というのは霊力を言霊に乗せて放つ術の事だ。付け加えると、霊符はこの天倫術を簡略化し紙に封じた物で、霊力を込める事で予め封じておいた術式を発動させる事が出来る。


「任務の内容はわかりました。しかしここには来たばっかりですし、アテがないんですが……」


「心配するな、勧誘相手はもう決めている。ただ……色々と複雑な事情があるやつでな」


「何か問題でもあるのかい?」

 

  男鹿大隊長の含みのある言葉に、立華りっかが反応し質問する。


「そいつは元々、降霊部こうれいぶ……要するに天倫術や聖霊刃の研究機関にいたんだが、実力を買われて前線の部隊に引き抜かれたんだ。だが行く先々で所属していた小隊が全滅してな・・・・・・」


 立華の質問によどみなく話す大隊長だったが、全滅という部分でわずかかに口籠くちごもった。


「呪術師の家系出身だったせいか周りからは、魔女だの死神だの言われて忌避されるようになっちまってな、厄介払いするかの様に散々あっちこっちたらい回しにされた挙句、この駐屯地に飛ばされたって訳だ」


「戦場で一人生き残っただけで死神呼ばわりとはね。くだらないな」


 話を聞き終えた立華は、そう一笑に付す。


 立華の言う事はもっともだ。しかし、この国では天倫術や聖霊刃は奇跡の御業みわざというイメージ持たれている。一方、呪術というのはあまり良い印象を持たれていない。呪術師の家系と言うだけでマイナスイメージなのだ。


 くだらないレッテル貼り。だが、一度貼られたレッテルというのはそう簡単に剥がせるものではない。


「あの……大隊長は何故そんな人物を勧誘しようとしてるんですか?」


「さっきも言ったが、小嶺に掛けられた術式は呪術的なものだ。ならそっち方面にも明るいやつの方がいいからな。しかも術師としては優秀ときてる。勧誘しない手はないだろ?それに死神だ何だと揶揄されてるが俺はそんなもん気にしないからな。重要なのはソイツ自身がどんな人間かだ」


 第一印象は、だらし無くて威厳もないダメな大人だと思ったが、案外この人は器の大きい人なのかも知れない。


「わかりました。その任務、つつしんでうけたまわりました」


 俺が敬礼し、そう言うと男鹿大隊長は真面目な顔を緩ませ笑った。


「そんなかしこまるなって。もっと肩肘張らず楽にやれ」


 そう気さくに話しかけてくれる大隊長のおかげで、来る前は緊張していた俺の気持ちも大分解けてきたのだった。


「それで、その人は今どこに居るんですか?」


「アタシ知ってるっすよ」


 俺が聞くと小嶺が手をあげて答えた。


「んじゃ小嶺、案内頼んだぞ。つーか半分はお前のためなんだから協力してやれ」


「ふぁーい」

 

 大隊長に手伝うよう言われた小嶺は不満の入り混じったような、何とも気のない返事をするのだった。


 小嶺と立華を伴って執務室を出た後、俺はどうやって勧誘するか頭を悩ませた。わざわざ任務と称して俺に託すからには、恐らく一筋縄ではいかないだろうと考えたからだ。


「なあ、小嶺は今から会いに行く人とは面識あるのか?」


 歩きながら俺は小嶺に聞いた。


「あるっすよ」


「どんな人?」


「んーそうっすね……ひとことで言えば変わり者っすね」


 勧誘のための取っ掛かりとして、まず人となりを知ろうと小嶺に質問したのだが、返ってきたのは何とも曖昧なものだった。


「変わり者って、なにがどう変わってるんだ?」


「そう言われても難しいっすね。まぁ会ってみればわかるっすよ」


 駄目だ、小嶺に聞いたのが間違いだったかも知れない。


「……他には? 何かないの」


 俺は半ば諦め気味に聞いてみる。


「他には……そうだ、アタシが持ってた隠形符。アレ作ったの紫音しのんちゃんなんすよ」


「紫音ちゃん?」


 突然出てきた人名に、俺は首を傾げた。


如月紫音きさらぎしのん。これから会いに行く人の名前っすよ」


「ちゃん付けで呼ぶって事は、仲がいいのかい?」


 俺の隣を歩く立華が小嶺に質問した。


「そーっすね。よく食堂で一緒にご飯食べたりするっすよ。すぐ食べてどっかいっちゃいますけど」


 いや、それ避けられてるんじゃ?


「あ、見えてきたっすよ。ほらあそこ」


 小嶺が指を刺す先にあったのは、人気ひとけのない場所にポツンと一つだけ建てられたプレハブ小屋だった。


「まさか、アレが職場なのか?」


 周りから避けられてるとは聞いていたが、離れた場所で隔離するとは。これではまるで追い出し部屋だ。


 俺はプレハブ小屋のドアまで行くと、恐る恐るドアをノックした。


 しばらくするとドアが開き、中から背の低い女性が出てきた。


「……だれ?」


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