第16話 立華の作戦

 木箱から出て俺が最初に目にしたのは、驚いた顔をした朱利しゅりの顔だった。


「どういう事だ? 久坂くさか


「えーと……これには訳があってだな」


 睨みつけるように問いかける朱利に俺はこれまでの経緯を説明する事にした。


 遡ること一日前


 理事長室で立華りっかは一つの案を提示した。


「要するに見つからずに目的地に着けばいいんだろ?」


 事もなげに言う立華に対し、俺は反論する。


「それはその通りだけど、それが出来ないから困ってる訳だろ」


「出来るさ、小嶺こみねの持っている隠形符おんぎょうふを使えばね」


「でも、あれは霊力を隠せるけど姿まで消せないっすよ」


 立華の意見に小嶺が待ったをかけた。小嶺の言う通り、霊力だけ隠して外に出ても監視されていればすぐに見つかってしまうだろう。しかし立華は「問題ない」と言う。


「霊力を隠せるだけで十分だ。あとは荷物にでも紛れればいい。幸い今は引っ越しのトラックが出入りしてる訳だしね。流石に業者の車を全てマークは出来ないだろう」


 確かに立華のいう様に荷物に紛れてしまえば監視の目は欺けるし、外部からの霊力探知は隠形符で防げる。


「なるほど、それならいけるかもしれないな」


 立華の案に相馬そうま教官は賛同するように頷いた。


「でも、今から引っ越し業者を探しても捕まらないんじゃないんですか?」


 作戦は決まったが、肝心のトラックがなければ実行できない。あくまで引っ越しを装わなければならないから、普通の車を使うのではダメだ。


「お前たちの配属先と同じ者をこちらでリストアップしておく。その中の誰かに頼んで荷物として乗り込んでくれ」


「わかりました」


 そうして話し合いは終わり、皆が席を立ち理事長室から退室する。


 退出してから数分後、職員からリストアップされた名簿を受け取り、一通り目を通すと俺は頭を抱えた。


「マジかよ」


 ため息と共に漏らした俺の言葉に、立華が「どうした?」と言って手元の名簿を覗き込んできた。


「横線ばかりだな」


 そう、もらった名簿には十数名の名前が羅列されていたのだが、そのほとんどに横線が引かれていたのだ。


「んー? どういう事っすか」


「配属先が同じやつのほとんどが退寮済みって事らしい」


「はぁ……誰っすかこんなガバな作戦考えたのは?」


「文句があるならキミが代案を出せばいいんじゃないか?出せるものならね」


「なんすか?」


「そっちこそなんだ?」


「二人ともやめろ。とにかく残ってる人間に望みをかけるしかない」


 バチバチと目から火花を散らす二人をなだめ、俺は再び手元の名簿に目を落とす


「えーと残ってるのは……二人だけ」


 名簿に残っている二人の名前を見て俺は落胆した。一人は結衣ゆい、そしてもう一人が宇崎朱利うざきしゅりだったのだ。


「その二人だと何か問題があるんすか?」


「問題というか、結衣は確か業者が見つからないって言ってたから望み薄なんだよ。もう一人の方は俺のことを嫌ってるし」


「まあこの際いっても仕方ない、ダメ元で頼むしかないね」


 立華の言う通り、ここで文句を言っても仕方ない。結衣が運良く業者を見つけている事に一縷の望みを賭けよう。




「ごめん、まだ引っ越しの業者が見つからなくて」


 結衣のその一言で俺の望みはあえなく崩れ去った。


「これであと一人か……」


「ホントにごめん。それで、そのもう一人っていうのは誰なの?」


 がっくりと項垂うなだれる俺の姿を見て結衣が申し訳なさそうに聞いてきた。


「朱利だよ。頼んでも引き受けてくれるかどうか……正直、気が重いよ」


「煉が頼みにくいなら私が頼んでみよっか?」


「え? いいのか」


「うん、協力できなかったお詫び。それに煉たちは荷物として乗り込むんだから準備も必要でしょ?」


 結衣の提案は俺にとって渡りに船だった。俺が交渉するよりスムーズに話が纏まりそうだ。


「わかった。結衣に任せる。準備が出来たらまた連絡する」


「はい、任されました」


 俺がそう言うと、結衣は敬礼のポーズを取って返事をした。そうして俺達は荷物に紛れる準備をするのだった。





「という訳なんだけど……」


 俺がこれまでの経緯を説明すると、朱利は忌々しげに舌打ちをした。


「いい様に使われたってわけか」


「騙したような形になったのは悪かったよ。他に頼るアテがなかったんだ。ごめん」


 俺が頭を下げると、小嶺も続けて頭を下げた。


「サーセン」


 不真面目にも見える小嶺の謝罪に俺は、頼むからもう少し誠意を込めて謝罪してくれと心の中で叫んだ。立華に至っては頭すら下げず、尊大な態度で佇んでいる。


 そんな俺たちを他所に、朱利は無言で振り返り歩き出した。


「……朱利?」


 怒らせてしまったかと思い、俺は恐る恐る朱利に声をかけた。


「荷物を下ろしておけ」


「え?」


「え?じゃない。ここまで運んでやったんだ荷物を部屋に運ぶのを手伝え。それでチャラにしてやる」


 一瞬、呆気に取られた俺の方に向き直り朱利がそう言った。


「あ、あぁ。モチロン手伝うよ」


 俺がそう答えると、朱利は手続きために窓口へと向かっていくのだった。


「ふぅ……」


 無事に目的につけた事と、朱利が思っていたより怒っていなかった事に俺は安堵の吐息を吐いた。


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