第15話 朱利の引っ越し

「ここでの生活も今日で最後か……」


 荷造りを終えて何もなくなった寮の自室を見て、宇崎朱利うざきしゅりは一人呟いた。


「お嬢様、荷物の積み込みが終わりました」


 空っぽになった部屋を見て黄昏たそがれていた朱利に宇崎家の使用人が報告にきた。


「わかった」


 朱利は一言そう返事をして部屋を後にする。


「あっ。朱利」


 部屋から出て、実家の会社で使用しているトラックの助手席に向かう朱利を見て声をかけてきた人物がいた。


「……結衣ゆい


 声をかけてきたのは同窓生の春原結衣すのはらゆいだった。特別親しい間柄ではないが、人当たりのいい結衣は誰にでも分け隔てなく接する為、朱利も彼女とは会えば他愛もない会話くらいはする。


「朱利は今日が退寮日だっけ?」


「ああ、そのまま配属先まで向かうつもりだ」


「そうなんだ。ところでさ、まだ荷物って載らないかな?どうしても載り切らない荷物があってさ」


 どうやら結衣は、自分が手配したトラックに載り切らなかった荷物を運んでもらうため、同じ配属先の人達に頼んで周っているようだ。


「空いてるけど」


 朱利がそう答えると、遠慮がちにこちらの様子を伺っていた結衣の表情がパァと明るくなった。


「ほんと? じゃあ申し訳ないんだけど一緒に載せてもらっていいかな?」


「ああ構わない」


 朱利はそう返事をすると、トラックを運転する使用人に女子寮の方へ向かうよう指示をした。


 女子寮に着くと、外に大きな木箱が置かれていた。機械などを梱包をする時に使われるやつだ。


「荷物ってあれか?」


「うん、結構大きいんだけど載るかな?」


「まあ、ギリギリ載るとは思うけど」


 想定より大きな荷物を見て、朱利は自信なさげにそう答えた。


 使用人は荷物の近くにトラックをつけ、リアドアを開けて荷物を運び込む準備をする。


「これ、相当重いんじゃないのか?ボクたちだけじゃ持ち上げられないぞ」


「大丈夫、手の空いてる男子達を呼んであるから。ほら」


 結衣が女子寮の正門を指差すと、こちらへ向かってくる10人ほどの男子生徒の姿が見えた。


 結衣は男子生徒達に向かって「こっちこっち」と手を振り誘導する。


「これを運べばいいのか?」


 集まった男子生徒の一人がそう聞くと、結衣は「うん、お願い」と両手を顔の前で合わかせて頼み込む。


 頼まれた男子達は、木箱を取り囲むように並び、掛け声と共に一斉に持ち上げる。


「うわっ重っ!」


「ぶつけるなよ」


「オーライ、オーライ」


 男子達の様々な声が入り混じりながらも、木箱はゆっくりとトラックのバンボディへと運ばれていく。


 なんとか空いたスペースへと木箱を積み終えたが、降ろす時にも同様の作業があるのかと想像した朱利は少し憂鬱になった。


「みんなありがとう、助かったよ。あとでお礼するからねー」


 結衣は手伝ってくれた男子達に笑顔で礼を言うと、荷物を積み終え役目を終えた男子生徒達は帰っていく。


「じゃあボクは行くけど、結衣はどうするんだ?」


「私はまだ荷物が残ってるから後で行くよ」


「そうか」


 朱利は、そう短く返事をするとトラックへと歩き出した。


「ありがとね朱利」


 結衣の礼に対して朱利は軽く手を振って返事をし、トラックの助手席に乗り込んだ。


「出してくれ」


「かしこまりました」


 朱利は車を出すよう指示をすると、窓の外を流れる景色を見ながら物思いにふける。






「お嬢様、着きましたよ」


「……ん?」


 助手席で寝ていた朱利に、使用人が到着を告げる。


「あぁ、すまない。いつのまにか寝てしまった」


「いえ。お荷物はどこにお運びいたしましょうか?」


「ちょっと待っててくれ、どの部屋を使えばいいのか宿舎のほうに聞いてくる」


 朱利が助手席から降りて宿舎の窓口に向かおうとしたその時、ドンッと言う音がバンボディの中から聞こえた。


「なんだ?」


 気になった朱利はリアドアを開けて中を確認すると、ガンッガンッという音と共に、木箱の上部が揺れていた。


 やがて、バキッという音を立て木箱の上部が吹き飛んだ。


「あーもう限界っす。息苦しいし体バキバキ」


「小嶺、まだ着いたか分からないのに蹴破らなくても」


 木箱から見知らぬ顔の女性が現れると、その後には見知った男の顔が現れた。


「……久坂くさか?」

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