第10話 視線

「走るなよ立華りっか


 バスから降りて走り出した立華に追いついて、俺は文句を言う。


「すまない、街に出るなんて久しぶりだからね。つい、はしゃいでしまったよ」


 そう話す立華の目は、どこかうれいを含んでいるように見えた。


「久しぶりって、普段は外出しないの?」


 立華の言葉を不思議そうに思ったのか、八尋やひろがそう聞いてきた。


「普段は研究所に、こもりっきりだからね。データを取るために体を調べられたり・・・・・・あ、今エッチな想像した?」


「してないっつの」


 俺は、茶化す立華を適当にあしらった。


 こうしてふざけてはいるけれど、コイツはコイツなりに苦労してるのかも知れない。俺がそんな風に考えていると、立華が何か見つけたのか「お?」と反応した。

「見ろれんクレープが売っているぞ」


 指を指してそう言うなり、立華はクレープ店へと向かって走り出した。


「すいませんチョコクリーム一つください」


 立華は一人でさっさと注文すると、こちらに振り向き。手を合わせてお願いするようなポーズを取る。


「ごめん煉、立て替えといてくれないか」


「お前なあ、この前ゲームに課金してただろ? 金もってないとは言わせないぞ」


「現金は持ってないんだよ、この店、電子マネーは使えないみたいだからさ」


 呆れながら渋々財布を出そうとしたら、横から八尋の手が出てきて、財布を取り出そうとした俺の手を押さえる。 


「僕が払うよ」


「いや、いいよ俺が払うって。アイツには後で請求するし」


「遠慮しなくていいよ、言っただろお祝いだって。すいませんキャラメルクリームを一つと、煉は何にする?」


 そう言うと八尋は自分の注文を、さっと済ませて俺に何を注文するのか聞いてきた。


 これ以上、断るのもなんなので、俺は素直に八尋の好意に甘える事にした。


「えっと、じゃあカルビクレープ……」


「えー邪道だなあ」


 俺の注文に対して、立華が異を唱える。


「い、いいだろ別に、甘いの苦手なんだよ」


 甘いものだけがクレープではない、おかずクレープだって立派なクレープだ。


 そんなやりとりをしてる間に、立華が注文したチョコクリームのクレープが出来上がった。


 立華は店員から出来あがったクレープ受け取り、ひとくち頬ばる。


「んーうまい!」


 恍惚な表情を浮かべ、うまそうにクレープを食べる立華。


「こうして見てると、普通の女の子にしか見えないね」


 八尋は、自分の注文したクレープを受け取りながらそう言った。


「たしかに、俺もアイツが聖霊刃だって事を忘れるときがあるよ」


 そう答え、俺も店員から渡されたクレープを受け取りそのまま口に運ぶ。


 ジューシーな肉汁に、甘辛なタレがクレープの生地とよく合い、一緒に包まれているレタスのおかげでクドサは全くない。


 二口目を食べようとした時、立華が、じーっとコチラを凝視していることに気づいた。


「なんだよ?」

 

 不可解な視線を向ける立華に、俺はそう聞いた。


「一口くれないか?」


「お前、さっき邪道だとか言ってたクセに」


「自分で注文してまで食べてみたくはないけど、他人が注文したら食べてみたくなるというものだよ」


「まったく、一口だけだぞ」


 呆れながらも俺は、手に持ったクレープを立華の口元にまで運ぶ。


 はむ、と立華は俺のクレープを一口だけ頬ばり咀嚼していると、ん?と眉根を寄せた。


「どうした、口に合わなかったか?」


「いや違う、視線を感じる。誰かに見られている」


「視線?」


 立華の言葉を受けて、俺と八尋は周囲を警戒し見渡した。


「ひょっとして、アレかな?」


 八尋は視線の主と思われる者を見つけ、その方向に指をさす。


 八尋の指がさし示す方を見ると、そこには殺気立ったジト目でこちらを睨んでいる結衣ゆいの姿があった。


「楽しそうねぇ」


 自分が誘われなかったことに余程、腹を立てているのか、結衣の声はいつもより低いトーンで怒りに震えていた。


「え、えーと……結衣もきてたんだ」


 虎の尾を踏まぬよう俺は、恐る恐るそう尋ねる。


「ええ、荷造りに必要な物を買いにね。そっちは何? デート?いいご身分ね」


 先程までのジト目から一転、ニコニコとした表情で話す結衣だが、声のトーンは低いままで、表情こそ笑ってはいるが、明らかに怒っていた。


「デ、デートじゃないって!ほら、八尋もいるだろ?」


 俺は八尋の名前を出す事で、結衣の標的から逃れようとした。


「ふーん、じゃあコレ何の集まりなの?」


「煉の卒業祝いだよ。学校側から卒業資格がもらえたんだって」


「そうなの?よかったじゃない煉!」


 さっきまでの不機嫌さが嘘のように結衣の表情は明るくなり、俺の方を見て笑顔で喜んだ。


「それはそれとして、何で私を誘ってくれなかったわけ?」


 結衣は八尋の方へ首だけ動かし、真顔に戻り詰め寄った。


「急な思いつきだったし、結衣は引越しの準備で忙しそうだったからさ、部屋でパーティする時に呼べばいいかなって思って」


 八尋がそう答えると、結衣はまだ納得がいかないのか、むーっと頬を膨らまして不貞腐れている。


 そんな俺たち四人に、近づいてくる人物がいた。


「こんにちはー」

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