第9話 外出
「はぁ、ぜったい昨日の決闘のことだよなあ」
理事長室に向かう途中、俺はため息と共にそう呟いた。
「ネガティブだなぁ、訓練場で模擬戦をしただけの事じゃないか。そんなことで怒られるとは思えないけどね」
となりを歩く立華は、楽観的にそう言う。しかし、俺の足取りは重い。
「いや、模擬戦しただけって言うけど、訓練用の聖霊刃一振り折ったわけだし……それに、やっぱり立華が聖霊刃になるところを大勢の人に見られたのはまずかったと思う」
「いずれは知られることだろ、君が奏霊士になるのならね。今更言ったところでどうにもならないさ」
確かに立華の言うとおりだ。この先、戦闘の度にかくれて立華を聖霊刃にするわけにはいかない。とは言え、現時点で知られてしまったのはやはり問題だったかもしれない。
「あーもう、うだうだ考えてもしょうがない」
「そうそう」
「何を言われても平身低頭、謝り倒すのみ」
力強く拳を握り、後ろ向きな宣言する俺を見て立華は「はあ……」と呆れていた。
そんなやりとりをしているうちに、俺たちは理事長室の前までやってきた。
「あぁ、緊張する」
俺は深呼吸をしてからドアをノックする。
中から「入れ」という声が聞こえてから、ゆっくりとドアを開く。
「失礼します」
そう言って頭を下げ、室内に入るとそこには担任である
「……教官?」
俺は少し意外そうな顔で呟いた。
「理事長が不在なのでな、臨時の理事長代理だ。とりあえず座ってくれ」
俺の表情や声色からこちらの疑問を感じ取った教官は、状況を説明しつつ着席を促した。
「早速だが本題に入ろう」
そう言われて、俺は思わず背筋を伸ばす。
「先日の宇崎との立ち会いは見ていた。そちらの彼女の事も
教官はチラリと立華の方を見て続ける。
「その上で君は、本校での卒業資格を有するものと判断した」
教官から出た予想外の言葉に、俺は一瞬なにを言われたのか分からなかった。
「えっと、つまりどういう事ですか?」
俺は、混乱した頭で教官に聞いた。
「言葉通りだ、お前はこの学校を卒業できるという事だ」
事務的な口調から普段の口調に戻った教官が、そう告げた。
「よかったじゃないか。ていうか君、留年だったのか? だから授与式に出てなかったんだね」
などと、立華は笑いながら俺の背中を叩いたが、喜びの気分が台無しだ。
「配属先については追って連絡する。話は以上だ」
そう言われ、俺は教官に会釈をしてから、立華と共に理事長室をあとにした。
憂鬱な気分で来た道を、今度は軽快な足取りで帰ると途中、
「
「ないよ、そんなの。呼ばれたのは別の理由だった」
「別の理由?」
「ああ、おれ卒業できる事になったんだ」
「え? ……良かったじゃないか」
八尋は一瞬、きょとんと目を丸くして驚いたが、すぐに相好を崩し喜ぶように言った。
「そうか、じゃあ近いうちに寮からも出て行く事になるね」
「まあ配属先はまだ決まってないけど、荷物はまとめておかないとな。八尋はいつ退寮するんだ?」
「来週には出ていく予定だよ、襲撃があったおかげで引っ越しが後ろ倒しになってたから、みんな慌ててるよ。
「キミの部屋は物がなくてよかったな、いざとなったら身一つで出ていけるからね」
「悪かったな、何も無い部屋で」
茶化してきた立華に俺は言い返す。
「そうだ煉、せっかくだから卒業祝いをしよう」
「卒業祝い? いいよ別に、来週出ていくなら八尋も忙しいだろ」
「そんなの気にしなくていいから。よし、今から外で買い出しに行こう」
「今から? ずいぶん急だな」
「思い立ったら何とやらってね、ほら早く」
俺がためらっていると、八尋はやや強引に街へ行く事を促す。
「いいんじゃないか? 一緒に過ごせるのもあと僅かなんだ、最後の思い出作りくらいしたらどうだ」
そう話す立華の表情は嬉々としていた。おそらく街に出られるのが嬉しいのだろう。
「わかったよ」
二人に押し負ける形で俺はそう答えた。とはいえ、自分のためにお祝いをしてくれると言う八尋の気持ちは嬉しかった。
俺たちは外出届を出して、街へと出かける為、学校の敷地外にあるバス停へと向かった。
バスに揺られること三十分。俺たち三人は市街地へとやってきた。
「やっと着いた、訓練校は山奥にあるから不便だね」
「山奥っていうな」
さりげなく田舎扱いする立華に、俺がそう言うと「まあまあ」と八尋がなだめる。
「この辺りはけっこう栄えてるんだね」
「まあ駅前だしな、東京とかの大都会に比べれば大した事ないだろうけど」
そう言うと立華は走り出し、早くこいと言って手を振っている。
「おい、走るなよ」
呆れながら、俺と八尋は立華の後を追うのだった。
駅のターミナル。バス停を見下ろせるその場所から、煉たち三人を見ている一人の女がいた。女は三人を見下ろしながら、携帯電話で誰かと話している。
「目標を確認しました。ええ、わかりました」
女は通話を切ると、床に置いてあった肩掛けの収納バッグを担ぎ歩き出した。
「まったく、着いたばっかなのに人使い荒いっすね」
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