第8話 決闘

 奏霊士訓練学校には、三つの訓練場がある。


 対人戦の技術を磨く為の第一訓練場。


 霊力操作や激力判定といった、霊力の取り扱いを磨く為の第二訓練場。


 演習など、大規模な戦闘を想定して造られた第三訓練場。


 俺たちが、今いるのは第一訓練場の控室だ。


 第一訓練場内には、バスケットコートくらいの部屋が十数部屋あり、部屋の内側には耐衝撃用の結界が張られている。


「なに考えてるの!」


 訓練場内の控室から、廊下にも響く大声で叫んだのは結衣ゆいだ。


「うるさいなー」


 めんどくさそうに、そう呟いた立華りっかに、結衣が詰め寄った。


「そもそも、あなたが焚き付ける様な事を言うからこんな事になったんでしょ!」


「仕方ないだろ、あんな悪態つかれて腹を立てるなって言う方が無理な話だ。鼻っ柱の一つもへし折ってやりたくなるってものさ。君達は友人が馬鹿にされてても平気なのかい?」


 痛い所を突かれたのか、結衣は「うっ」と一瞬怯むが反論する。


「だからってケンカふっかける事ないでしょ。適当にスルーすればいいんだから」


「そうかな? ああいう手合いは一度ガツンと言ってやって痛い目に合わせてやらなければ、いつまでも絡んでくると思うけどね」


 と立華は持論を展開する。


「痛め付けるって、れんは聖霊刃を扱えないんだから、返り討ちに合うに決まってるでしょ」


「煉、やっぱりやめた方がいいよ。朱利しゅりには僕の方から言っておく」


「そうだよ!ケガじゃ済まないかもしれないんだよ」


 八尋やひろと結衣は、心配そうな顔をして止めようとしてくれている。


「心配してくれてありがとう。でも、もう決めたんだ。前に進む為に、逃げないって」


 そう宣言してみたものの、俺はその言葉が綺麗事だと気づいた。


「いや、違うな……俺は多分、見返したいんだ。朱利に勝って皆んなに認めてもらいたいんだと思う」


「気持ちは分かるけど、聖霊刃無しの生身で戦うなんて自殺行為だ」


「そこは心配いらないさ」


「立華、それはどういう意味だい?」


「口で言っても信じられないだろうから、実際に目で見て確かめてくれたまえ」


 立華の言葉に八尋は怪訝な表情を浮かべる。


「大丈夫、俺だって勝ち目もなく勝負を受けた訳じゃないよ」


 立ち上がり俺はそう言って、立華を伴い控室を後にした。


 朱利の指定した部屋に辿り着くと、そこには大勢の生徒達が集まっていた。


 娯楽に飢えた生徒達が、決闘の噂を聞きつけて集まったのだろう。


 衆人環視の中、部屋に入ると訓練用の聖霊刃を携えた朱利がすでに待ち構えていた。


 俺たちが入ってきた事に気づいた朱利は、俺の傍に立つ立華を一瞥いちべつして口を開いた。

 

「なんでその女までいる?」


「おや? 力を貸してはいけないなんて聞いていないがね、それに君だって聖霊刃という力を借りているじゃないか」


「聖霊刃を扱うのも実力の内だ、分かったらとっとと下がるんだな」


 部外者は出て行けと、朱利は手で追い払うような仕草してそう言った。


「成程、よーくわかったよ」


 立華は口角を上げ、ニヤリと笑みを浮かべた。


「何も問題が無いという事がね」


 次の瞬間、立華の体は光を発し形を変えていく。


 光は俺の右手に収束すると、刃へと変わる。


「なんだ……まさかこいつ、聖霊刃!?」


 目の前で起こった現象に、朱利は目を見開いて驚いていた。


 この立ち合いを見ていた観客達も、ざわついている様子が窺える。


「行くぞ」


 俺は聖霊刃となった立華を構え、一気に朱利との間合いを詰める。


 反応の遅れた朱利が、とっさに防御の構えを取る。


 ──遅い。


 俺は、上段に構えた刀を一気に振り下ろす。


 バギィン! という音と共に、俺の攻撃を受け止けた朱利の聖霊刃はへし折れ、剣圧によって後方へと吹き飛ばされる。


 剣圧と霊力の奔流によって服の一部が破れ、ボロボロの状態で倒れた朱利に向けて俺はきっさきを突きつける。


「俺の勝ちだ、朱利」


 俺は朱利に対してそう宣言した。だがそこである事に気づいた。朱利の破れた男子用の制服の下から滑らかな柔肌と、たおやかな肢体がのぞいていたのだ。


「女?」


 驚いたのは俺だけじゃなく、観客の生徒達からも戸惑いの様な声が聞こえる。


「くっ!」


 朱利は破れた制服の胸元を手繰り寄せ、俺を睨みつけて立ち上がると、そのまま何も言わず早足で訓練室を去って行った。


 決着と判断したのか、俺の手に握られていた立華は再び光を放ち人型へと戻っていく。


「やったな煉」


 そう言って立華は白い歯をむき出して、にっと笑った。


 朱利が訓練室を出て行ったのと入れ替わりで、八尋と結衣がこちらに駆け寄ってきた。


「なあ八尋、朱利が女だって知ってたか?」


 俺は、駆け寄ってきた八尋に聞いてみた。


「いや、僕も知らなかったよ。それより煉、いつの間に聖霊刃を使えるようになったんだ」


「ねえ、どういう事?その子、聖霊刃だったの?」


 どうやら二人にとっては、朱利が女だった事実よりも俺が聖霊刃を扱える様になった事や、立華の事の方が気になるらしい。俺としては朱利の方が気になるのだが・・・・・・。観客の生徒達に至っては、一度に色んな事が起こった為か混乱気味だ。


「確かに私は聖霊刃だが、そこいらの聖霊刃と一緒にしてもらいたくないね」


 結衣の問いかけに対し、立華は腰に手を当て得意げに胸を逸らしながら答えた。


「どう見ても人間にしか見えないんだけど。ねえ八尋、人型の聖霊刃があるなんて知ってた?」


「……いや、僕も人の形をした聖霊刃なんて初めて見たよ」


 珍しい物を見るかの様に、ジロジロと立華を見る結衣と、顎に手を当て何やら思案する八尋。


「なあ、ところで今更なんだけど立華の存在って知られてもよかったのか?しかも、こんな大勢に……ちょっとした騒ぎになってるけど」


 結衣や八尋の二人を含めた観客達の反応に、今更不安を覚えた俺はそう口にした。


「別に秘密にするよう言われてないから大丈夫だろう。たぶん」


「たぶん!?」


 立華の最後の一言で、俺は無性に不安になった。後で怒られたりしなければいいんだが。




 訓練場での煉たちの様子を遠巻きに見ている者達がいた。


「やれやれ、目立つ事はするなと言ったのに全く」


 呆れた口調でそう呟いたのは、ひいらぎ博士だ。


「あれが原初の一振りですか……」 


「君も見るのは初めてだったか、相馬そうまくん」


 柊は傍に立つ教官の相馬に話しかけるも、相馬の表情は硬いものだった。


「浮かない顔だな、教え子が原初の一振りに選ばれたんだ。誇らしくないのか?」


「選ばれない方が良かったかもしれません。……彼にとっては」


 意味深なセリフを呟いた相馬は、振り返ってその場を後にした。

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