第11話 振り下ろされる刃

 声を掛け近づいてきたのは、動きやすそうな服装に肩掛けバッグを担ぎ、ショートボブの髪型をした少しボーイッシュな印象を受ける女性だった。


久坂煉くさかれんくんと、そっちは立華りっかちゃんっすよね」


 まだ、あどけなさを顔に残すその女性は、俺と立華を交互に指さし、確認するように名前を聞いてきた。


 俺は八尋やひろ結衣ゆいの方を見て、知り合いか? と目で訴える。


 だが、二人の反応を見るにどうやら知り合いではなさそうだ。


「誰だ、君は?」


 クレープを食べ終えた立華が、手についたクリームを舐めながら目の前の女性に対して、ぶっきらぼうに聞いた。


「あたしは朝霞小嶺あさぎりこみね。気軽に下の名前で読んでくれていいっすよ」


 朝霧小嶺と名乗る女性は人懐こっそうな笑顔を見せて手を振る。


「それで、何の用ですか」


 俺は小嶺と名乗る女性にそう聞いた。

 

「楽しんでいるところ悪いんですけど、一緒に来てもらいますよ」


「嫌だと言ったら?」


 俺が警戒して質問すると、小嶺は担いでいた肩掛けバッグを下ろした。


「ちょっと強引っすけど、力ずくでも従ってもらいますよ」


 そう言って小嶺は、バッグを開け、中に手を入れ何かを取り出そうとする。


 ゆっくりとバッグから取り出されたのは、一振りの刀だった。


「まさか、聖霊刃!?」


 小嶺は、ニヤリと笑みを浮かべながら手に持った聖霊刃の鯉口を切る。


 まずい、そう思った瞬間。


「目を閉じろ!」


 八尋やひろが叫ぶと同時に、ポケットから取り出した霊符を女にむかって投げつけた。


 投げつけられた霊符は、小嶺の目の前で閃光を発した。


「くっ!!」


 目の前で発生した強烈な光に、小嶺は目を焼かれ視力を奪われた。


「今だっ!逃げるぞ!」


 八尋の掛け声と共に、俺たちは一斉にその場から逃げ出した。


「なんなのあの人!?」


 突然の状況に、混乱した結衣ゆいが走りながら叫ぶ。


「わからない、とにかく今は逃げた方がいい」

 

 いち早く危険を察知し、行動に移した八尋が冷静に語る。


「逃げずに戦えばいいじゃないか」


 敵に背を向けて逃げる事に納得がいかないのか、立華が不満そうに声をあげた。


「相手の実力がわからない、安易に戦闘しない方が賢明だよ」


「確かに、しかもこんな街中で暴れるわけにもいかないしな」


 八尋に意見に俺も賛同する。


「どうするの?」


「とりあえず応援を呼ぼう、それまで逃げられればいいけど・・・・・・」


 結衣の問いかけに八尋がそう答えた次の瞬間、俺は二人とは別方向へと走る。

 

「ちょっと、煉!?」


 突然、別方向へ逃げる俺に、結衣は一瞬たち止まって困惑する。


「相手の狙いは俺と立華だ、俺たちが引きつけるから二人は逃げろ!」


「・・・・・・でも!」


「安心しろ私がついてる。追いつかれても返り討ちにしてやるさ」


 不安げな声を上げる結衣に対して、俺のとなりを走る立華がそう告げる。


「わかった、無理はするなよ二人とも」


 逡巡している結衣の手を八尋が引っ張り、俺たちとは別方向へと走り出した。


 その言葉に返事をするように、俺は腕をつき上げ、手をひらひらと振って応える。


「立華、敵が追ってきてる気配はあるか?」


「わからない、奴が近づいてきた時もそうだが、霊力を感知できない。うまく隠してるのか、もしくはこちらの感知を阻害する術式でも使ってるのかもしれないな」


 そうなるとコチラが断然不利だ、俺も霊力を隠せればいいんだが生憎そんな器用な芸当は出来ない。


「とりあえず人気ひとけのない方へ逃げよう」


「わかった」




 


 しばらく走ると、ようやく人のいない所までたどり着いた。


 さすがに息を切らした俺は、すぐそばにある工事用の資材置き場で息を整える。


 追手からは丸見えの場所だが、どうせコチラの居場所は知られてる。ならば少しでも視界の開けた場所の方が、敵の姿も視認しやすい。


「誰かくる」


 立華の言葉に、俺はとっさに身構えた。


「煉、よかった追いついた」


 目の前に現れたのは、結衣と逃げたはずの八尋だった。


「八尋……なんで?結衣はどうした」


「結衣は一人で逃したよ。僕はこんな事もあろうかと霊符を持ってきてたから、援護くらいはできると思って追ってきたんだよ」


「なに言っているんだよ!さっきも言ったけど狙いは俺と立華だ、八尋は逃げろ!」


 俺は思わず八尋に向かって叫んだが、八尋は首を縦に振らない。


「友達を見捨てて逃げるわけにはいかないよ」


「……だけど」


「二人とも、お客さんが来たようだよ」


 立華の言葉で、一瞬にしてその場に緊張感が漂う。


「やっと追いついた」


 数メートル先には、抜き身の刃を手にした小嶺が立っていた。


「八尋、下がってくれ」


 俺は八尋を庇うように前に立つ。


「立華!」


 俺の呼びかけに応じて、立華が聖霊刃へと変わる。


 だが立華が完全に聖霊刃化する前に敵は飛び込んで来て、一瞬にして距離を詰めてきた。


 ──間に合わない!


 斬られる、そう思い俺は目を閉じた。


 直後、ギィィン! という甲高い金属音が頭上で鳴り響いた。


 目を開けると、そこには意外な光景が広がっていた。


「間に合ったっすね」


 敵であるはずの小嶺が、そう呟く。


 よく見ると小嶺は、俺の頭上に背後から振り降ろされていたであろう刃を刀で受け止めていた。


「ちっ、余計な事を」


 その言葉は、俺の背後にいた八尋から発せられたものだった。


「……やひろ……どういうことだ?」

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