第4話 襲撃の裏側

 空から降り注ぐ焼夷弾に焼かれる家屋。逃げ惑い焼かれていく人。やがて場面は切り替わり、大きな爆発と焦土となった都市、多くの国民が何かに跪いている姿が見えた。




 ハッと目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。


「……ここは?」


 周囲を確認したところ、自分はいま周りをカーテンで仕切られたベッド上にいる事を確認した。おそらく医務室だろう。


 何か変な夢を見た気がしたが思い出せない。夢の内容は思い出せないが、悪夢を見たような不快感と背中にかいた嫌な汗だけが残っている。


「とりあえず起きるか」


 ベッドから起き上がろうとした俺は、布団の中にある違和感を覚える。


 掛け布団をめくると、そこには猫のように丸くなって寝ている立華りっかがいた。


「うわぁ!?」


 俺は慌ててベットから飛び退いた。


「んー……」


 立華は寝惚け眼を擦りながら起き上がった。


「ふぁ〜おはよう、いま何時?」


「いま何時?じゃないだろ! ってそうじゃなくて、何でベッドに潜り込んでるんだよ?」


「いやー君がなかなか目を覚さないから心配でね。くっつけば霊力も早く回復するかなーと思って」


 そんな訳あるか、と言いたいところだったが専門外で詳しくないので突っ込むのをやめた


「そういうおまえこそ、大蜘蛛に貫かれてたのに平気なのか?」


「おかげさまでピンピンしてるよ。まぁまだ霊力は回復し切ってないから本調子じゃないけどね」


れん? 起きてるの?」


 カーテンの向こうから伺うように声を掛けてきたのは、同期で幼馴染の春原結衣すのはらゆいだった。


──まずい、いまカーテンを開けられたら。


 ベッドに立華が潜り込んでいるこの状況を見られたら間違いなく誤解される。


 立華を布団の中に無理やり押し込んで、自分も狸寝入りしてやり過ごそうとした瞬間、ベッドの周りを囲むカーテンを結衣が開ける。


「よかったぁ、このまま目を覚まさないんじゃないかと心配したよ」


 そう言って安堵の表情を浮かべる結衣。布団の中に押し込んだ立華の存在には気づいていない様だ。


「そ、そっちこそ無事で良かったよ。八尋やひろは?」


「八尋も無事だよ、後で顔出すって」


「そっか」


 なんとか誤魔化せそうだと俺が安堵した瞬間、布団の中から立華の顔が飛び出した。


「ぶはぁ。苦しい」


「え? ……なに、その子。どういう事?……なんでベッドに?」


 布団から突然出てきた立華を見て、結衣は目を見開いて驚いた様子で質問してきた。


「違うんだ結衣! 彼女は……」


 問い掛けに対して、俺は返答に困った。立華の事をどう説明するべきだろうか、人型の聖霊刃だと説明して信じてもらえるだろうか? そもそも彼女の存在を明かしてもいいものなのか。


 答えに窮してる俺を、結衣が訝しげな目で見てくる。


「はじめまして、私は立華。煉とは深い繋がりを持った関係とでも言っておこうか」


「は?」


 いきなりとんでもない事を言い出す立華に対して、結衣は。きょとんと目を丸くしている。


 確かに俺と立華は、契約によってお互いの霊絡という回路で繋がっているが、その言い方は誤解を招くだろ。


「ふ、深い関係って? なに、どういう事?」


 明らかに動揺している結衣を見て、立華は嗜虐的な笑みを浮かべながら話を続ける。


「そうだねぇ、キスした仲と言えば分かるかな? いや、それ以上の関係と言ってもいいかな」


「ぶっ!?」


 立華の爆弾発言に思わず俺は吹き出してしまった。


「え? どういう事?煉、この子とキスしたの?しかも、それ以上の関係って?」


 戸惑いながら、眼を見開いてこちらに問い掛ける結衣に俺は答えた。


「いや、確かにしたけど・・・・・・」


 そう、確かに俺と立華はキスをした事になる。だけど、あれは契約の為の儀式みたいにものであって深い意味はない。そもそも立華は聖霊刃なのだからアレはノーカンの筈だ。


「ふ、ふーん。そっかぁ……したんだー。あはは、お邪魔しましたぁ」


 ふらふらとした足取りで医務室をあとにする結衣。それを見て立華は、腹を抱えて笑っていた。


「あっはっはっはー!」


「何考えてるんだよ!?絶対誤解を生んだぞ!」


「いやー、彼女を見てたら嗜虐心を唆られてね」


 こいつ間違いなくドSだ。後で結衣に誤解を解かなければいけないが、正直胃が痛い。


「やれやれ、騒がしいな」


 そう言って医務室に入ってきたのは、白衣着た老人の男だった。


「あれ? 博士。何しに来たの?」


「お前を探していたんだ、ここにいると思ってな」


「ふーん、で?何か用なの」


「その前に」


 博士と呼ばれた老人が、俺の方に向き直る。


「お前さんが立華の適合者か」


「え? あ、はい」


「技術研究所所長のひいらぎだ」


 柊と名乗る老人は、俺の前に来て手を差し出し握手を求めた。


「どうも。久坂煉です」


 俺は、差し出された柊博士の握手に応じた。


「しかし、大したものだな君は」


「何がですか?」


「負傷した立華の霊力を肩代わりした上に、大蜘蛛まで倒した事がだよ。普通なら霊力が枯渇して最悪死んでいたかもしれないのだからな」


 それを聞いて俺は少しゾッとした。


「それにしても興味深いね、聞けば君は聖霊刃を起動できないそうじゃないか?なのに立華とは適合できた。一度、君の体を隅々まで調べさせても貰いたいものだね」


 柊博士の舐めるような視線に俺は身震いを感じた。


「ちょっと博士、煉が引いてるじゃないか。用が無いなら帰った帰ったか」


 シッシッと手で追い払うそぶりを見せる。


「おっと、では本題に入るとするか」


 そう言って柊博士は、近くの椅子に腰をかけて話を始める。


「今回の襲撃の件だが」


「襲撃!? そうだ、いったい何があったんですか?」


「テロリストによる犯行、対外的にはそうなっとる」


「対外的には?」


「まだ公にはされていないが、今回の件は軍内部が関わっている可能性がある。君も見ただろう? 魔装機兵の姿を」


「はい、何故あんな物がと思いました」


「魔装機兵は聖霊刃に代わる次期主力兵器として開発された物だ。本来テロリストが所持してる筈はない。軍から横流しされたか、或いは一部の軍人達による反乱ではないかと言われている」


「反乱……?」


 俄には信じ難い話だが、荒唐無稽な話とは言い切れない。陸軍と海軍の仲が悪いというのは有名な話だし、そもそも明治政府の樹立以来、薩摩や長州出身ではない人間は冷遇されていて、政府の重要なポジションに付けないとも聞く。いわゆる藩閥というものが今なお残っている。軍内部に不満を持っている者がいても不思議ではない。


「その可能性が高い、なぜなら今回の襲撃は明らかに計画的なものだからだ」


「どういう事ですか?」


「卒業生達に授与する予定だった聖霊刃が奪われた。普段は厳重に管理されているが、式典で集まっている隙を狙っての犯行だろう。しかも、あの襲撃後に理事長が姿を眩ませている」


「今回の襲撃の狙いは聖霊刃で、それに理事長が絡んでいるって事ですか?」


「連れ去られただけなんじゃない?」


 横で話を聞いていた立華が馬鹿馬鹿しいと言った感じで口を挟んだ。


「当日の警備は予め理事長が決めていた。人員を減らす事も、警備の薄い場所も把握していた筈だ。手引きしていたと考えるべきだろう。それに理事長は元軍事参議官で軍部にも繋がりがある。そんな人間が襲撃後に姿を消した。馬鹿でもわかる図式だ」


「悪かったね、馬鹿で。警備の担当してたなんて知らないし」


 立華は、ぷくーっと頬を膨らませて拗ねて見せた。


「まあ、そんな訳だから今現在、政府や軍は首謀者や犯行グループの情報を躍起になって探している。ワシを含め研究所の職員全員にも事情聴取が行われる。立華は、お前は職員ではないが暫くは大人しくしていろ」 


「えー!?」


「伝える事は伝えた、それじゃあな」


 不平不満を漏らす立華を尻目に、柊博士は医務室を後にした。


 しかし大変な事になったな、これからどうなっていくんだろうか。


 一度に色んな情報が頭に入り混乱した俺は、とりあえず頭の中を整理しようと考えたその時。


 ぐぅー。と俺の腹の虫が鳴った。


 ──とりあえず何か腹に入れるか


 俺はベッドから起き上がり、医務室を後にする事にした。

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