第3話 契約

 パートナーにならないか? 俺の前に現れた少女は突然そんな事を言ってきた。


「君、だれ? いきなり何の話だよ?」


「ん? ああ、そういえばまだ名乗ってもいなかったね。私は立華りっか、一応技術研究所の所属となってる。怪しい者ではないよ」


 そう言って立華は、ポケットからIDを取り出して俺に見せた。


「技術研究所って事は、研究員? そうは見えないけど」


「いやいや、技術研究所預かりというだけで研究員ではないよ。ここには付き添いで来ただけなんだけど、来てよかったよ。おかげでパートナーが見つかったからね」


「そのパートナーっていうのは何なんだ?まさか何かの実験台にでもなれって事か?」


「まさか、そんなわけないだろ。いや、でもそういう見方もできるか? 博士なんかは喜びそうだし」


 なにやら一人でぶつぶつ言い出したが、大丈夫だろうか?不安になってきた。


「そういえばまだ君の名前を聞いてなかったね?」


 なんだかはぐらかされた様な気もするが、俺は名乗ることにした。


久坂煉くさかれん


「煉か、いい名前だね。これからよろしく煉」


 気さくに俺を下の名前で呼ぶ立華。これからよろしくと言われてもパートナーになるとは言ってないんだが、彼女の中ではもう決定事項の様だ。


「ところで君は授与式には出ていないみたいだけど、いいのかい?」


「……それは」


「うん? なにか訳アリかな」


 俺が言葉にするのを躊躇っていると、彼女も何か察した様でそれ以上は追及してこなかった。


「俺の事はいい、それよりあんた本当に何者なんだよ」


「よくぞ聞いてくれた、実は私はこう見えて」


 立華が、ふふんっと得意げに鼻をならし、腰に手をあてふんぞり返って説明を始めようとしたその時、大きな爆発音と振動が部屋を襲った。




 時は遡る事、数分前。


 授与式も残るところ理事長の挨拶と聖霊刃の授与を行うのみとなった。


「では東雲しののめ理事長、お願いします」


 名前を呼ばれた東雲は壇上に上がる。その姿は、紺のスーツにオールバックに纏めた髪、眉間にしわを寄せた厳しい表情に鋭い目つきは理事長というより組長というほうがしっくりくる。


「諸君、卒業おめでとう。今日から君たちは晴れて聖霊刃を扱う奏霊士となった。知っての通り聖霊刃をはじめ降魔霊器は我が国の強力な兵器である。その力は先の大戦でも遺憾なく発揮され、我が国の勝利に大きく貢献した。以降、我が国は降魔霊器の増産と奏霊士の育成に力を入れる事となり、大国と肩を並べ、世界に対して大きな影響力を持つ国となった」


「しかし近年、北方でロシアとの小競り合いが続いており、ますます奏霊士への活躍が期待されている。諸君らは強大な力を手にし、振るう事となる訳だが、力を持つものとしての自覚と矜恃を持ってもらいたい。そしてこの先、その力をこの国の為に存分に振るって欲しい」


「それではこれより聖霊刃の授与を行う」

  

 演説が終わり、これから授与が行われようとしたその時、会場を大きな爆発音が襲った。


 爆発によって会場の壁は吹き飛び、破片によって負傷する生徒や職員たち。なおも、そこかしこから響いてくる爆発音、さらに壁に空いた穴から無機質な人の形をした機械がゾロゾロと入ってきた。


「魔装機兵!?」


 声を上げたのはひいらぎ博士だった。


 魔装機兵と呼ばれる機械人形達は、腕に装備された銃口を生徒や職員達に向け発砲してきた。


「撃ってきた!!」


「うああああー!!!!」


「くそっ! 警備の人間は何をしてる!?」


 式典会場は一瞬にして阿鼻叫喚となった。


「救護と避難を急げ!聖霊刃を持ってる者は全員応戦しろ!」


 数名の教官達が聖霊刃を抜刀し、防御の為の霊殻れいかくを展開する。


「敵は単調な動きしか出来ない自律型の魔装機兵だ、数に飲まれるな、一体ずつ確実に仕留めるぞ!」


「「「了解!!!」」」

 

 霊殻を展開した警備兵と教官達が一斉に魔装機兵へと向かっていった。




「何があったんだ?」


 起き上がった俺が見たのは、崩壊して瓦礫で半分埋まった応接室だった。


「無事かい?」


 そう聞いてきたのは目の前に立っている立華だった。よく見ると立華と俺の周りだけ瓦礫がない、どうやら立華が霊殻を張って守ってくれたらしい。

 

「あ、ありがとう立華」


「気にしなくていいよ、それよりここもいつ崩れるかわからない、早く出た方がいい」


 俺は立華に促され応接室を出る。廊下もすでに崩れ落ちた瓦礫がそこかしこに散らばっていた。


「これは、いったい」


「隠れて」


 戸惑う俺の腕を立華は強引に引っ張り、瓦礫の陰へと隠れた。


 遠くからガシャン、ガシャンという無機質な足音が聞こえてきた。瓦礫の隙間から音のする方を除くと、人型の機械兵が数体歩いていた。


 ──あれは確か


「魔装機兵だね、まだ配備されて間もない筈だけど、何でこんな所に?」


「この惨状はアイツのせいなのかな」


「状況から考えてそうだろうね、ともかく外に出よう」


 魔装機兵が通り過ぎるのを待ち、俺と立華は瓦礫の陰から立ち上がり外を目指して走り出した。


 途中何度も魔装機兵に遭遇しながらも、何とか上手くやり過ごし、ようやく外へと続くエントランスへと辿り着いた。


「出口だ、助かったぞ」


 しかし喜んだのも束の間、エントランス側面の壁を突き破って現れた全高3メートル以上あろう巨大な蜘蛛のような魔装機兵が行く手を阻んだ。


「くそっここまで来て!」


「別のルートから出よう」


 すぐさま踵を返し、今来た道へと引き返そうとするが、俺は瓦礫に足を取られ躓いて転んでしまった。


 背後から迫ってきた大蜘蛛が、鋭い大きな脚を俺に向けて振り下ろす。


 その瞬間、俺は死を覚悟した。


 しかし、俺の体に襲い掛かるはずの衝撃は一向に来ない。恐る恐る振り返ると、俺を庇うように立っている立華の姿があった。立華の体は大蜘蛛の脚で貫かれており、それを見て俺は頭が真っ白になった。


 大蜘蛛は立華の体ごと脚を持ち上げると、ゴミでも捨てるかのように立華を放り投げた。


「立華!」


 俺はすぐさま立華の元へ駆け寄るが、そこで衝撃的な光景を目の当たりにした。


「え? 立華……これって」


 立華の体は先程大蜘蛛の脚に貫かれたはずなのに血の一滴も出ていない。それどころか貫かれた穴からは臓器すら見えない、ただポッカリと穴が空いているだけなのだ。


「あぁ・・・・・・コレかい? 言いそびれていたけど…私は人間じゃないんだ」


「人間じゃない? なら一体…」


「私は……聖霊刃なんだよ」


 立華が聖霊刃? 突然の立華の告白に俺は混乱した。人の姿をした聖霊刃など見たことも聞いたこともない、しかし目の前の現状が事実を語っている。少なくとも彼女は人間でないという事を。


「どうやらあまり時間は残ってないようだ」

 

 そう呟く立華の体は、徐々に透けていっている。


「そんな……何か助かる方法はないのか?」


「一つだけある……ただし君の協力が必要だ」


「わかった協力する、なにをすればいい?

 

 俺は二つ返事で了承した。


「私と契約をして欲しい」


「契約?」


「最初に言っただろ? パートナーになって欲しいと。君が契約してくれるなら私は君の聖霊刃となる。契約によって君と私の回路は繋がり、君の霊力によって私は生き延びる事が出来るだろう」


「で、でも俺……聖霊刃を使えないんだ」


「やる前から諦めるのかい?どの道このままでは二人とも死ぬだけだ、迷ってる時間なんてないよ」


 そう言って彼女は俺の方に手を差し出した。


 俺は恐る恐る彼女の手を取った。すると彼女は勢いよく俺の手を引き、その勢いのまま俺に口付けをした。


 その瞬間、俺の体の中の血はまるで沸騰したかのようになり、体中を血が暴れ回るようなような感覚に襲われた。


 立華の体から光が発せられ、俺はその光に飲み込まれていく。すぐ側まで迫ってきた大蜘蛛の脚が俺を目掛けて振り下ろされる。しかしその脚が俺の体を貫くことはなかった。

 

 大蜘蛛の巨大な脚を受けて止めたのは、俺の右手に握られている大太刀の聖霊刃となった立華であった。


 受け止めた大蜘蛛の脚を刀の鎬で滑らせるように受け流し、そのまま死角となる大蜘蛛の腹の下に潜り込む。


「はあぁぁぁぁー!!!」


 裂帛の気合とともに大蜘蛛の腹を逆袈裟に切り上げた。


 大蜘蛛の体は真っ二つに切断され、ずうん……と大きな音を立て崩れ落ち、そのまま機能を停止した。


「や、やった」


 初めて聖霊刃を起動できた、その事実に喜び震えた。


 目の前の脅威を排除できた安心感と、霊力の消耗で俺は膝から崩れ落ち、意識も途切れ地面に崩れ落ちた。

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