釣り師、決断


「あの疑似餌なんだがな――」


 マデラスの島釣りギルドのギルマス、シダーさんがおでこをこすりながら口を開いた。

 俺とともにハッサムさんとマリリーヌさんも話を聞いている。


「魔銀のネジが使われていた」


 そういえば、シロが何か言っていたな。

 魔銀って言っていたかもしれない。


「魔銀……聞いたことはあるんだが、銀の種類ってことだよな?」


「ああ、コータスは知らないか。魔銀は他の金属と違って魔力を阻害しないんだぜ?」


「そうそう、兄貴のいう通りじゃん。普通の釣り竿についている釣り晶は、そこに魔力をとどめて魔力で照らす役割があるわけだ。魔物や魔獣に対して、魔力を餌にするからな? それが魔銀だったってことは、込めた魔力はそのまま海に流れていたってことじゃんな」


 シダーさんがそう言うと、三人は若干顔色を悪くした。


「ん? 魔力を餌にするなら、魔銀とかいうので魔力出すのでもいいよな? 何か変か?」


「海に流れた魔力をガルフドラゴンが見つけ、疑似餌を自分のところへ魔法で引き寄せたってことだ。いくらガルフドラゴンっていったって、そんな入江の奥までは入らないじゃん? かなり距離はあったと思うぞ。それを見つけさせるだけの魔力が流れていたと」


 ――――これは、やらかしてしまっただろうか…………。


「コータス少年、魔量多いね?」


 マリリーヌさんにずばりと言われた。

 多分、多いのだろう。

 ただ、普通がわからない。


「……普通はどのくらいなんだ?」


「人間だったら1000前後が一般的かね。3000以上あれば魔法職で一生困らない感じよ」


 ――俺の魔量はたしか47000とかそんなだったか……。

 ん? 桁が違う? あああえええええ!?!?!?!?

 一般人の47倍!? なんじゃそりゃ!!!!!!!!


「その顔でだいたいわかったぜ……。まて、言うな。言うなよ、コータス。恐ろしいから聞きたくないぜ? 俺たちは聞かない、知らなかった。コータス、アビリティは絶対に外で言っちゃだめだぜ? 無知な子どもを悪どく利用する奴がいるんだからな」


「魔量多いのに魔導弾だけで仕留めたのか。そりゃ大変だったじゃんな」


「そうねぇ。魔法攻撃もいっしょにしていればもっと決着は早かっただろうね」


 ――――なるほど…………。

 そういえば魔法使いとパーティを組むって、シダーさんが言っていた。

 俺くらいの魔量なら、そのパーティを自分一人でできるってことなのか。


「あー……すまんな、コータス。もっとちゃんと教えておくべきだったぜ……。思えばシーサーペント釣ってみたりおかしいことが多かったな……。まさかこんな小さいのが、とんでもない能力を持っているなんて思いもしなかったから、危ない目に合わせてしまったぜ」


「い、いや、俺がちゃんと把握してなかったのが悪かったから……」


「だがなぁ、記憶喪失って聞いていたんだから、もうちと教えておくべきだったぜ」


 ハッサムさんの言葉がしみる。

 そうだ、俺はもっと知ろうと思うべきだった。この世界を知らないのだから。


 思えば――――なんとかなるだろうとあまり考えもせずに暮らしていた。ちゃんとまっすぐにこの世界と向き合ってこなかった。

 どこか他人事のように思っていたのだと思う。

 いつか本物のコータスに返すような気持ちで暮らしていた。


 でも、違った。そうじゃなかった。

 もう本物のコータスはいない。コータスが帰ってくることはない。

 この体に転生した俺がコータスなんだ。

 中身が三十路のおっさんだろうが、俺が、この世界でずっと生きていく。


 そう気づいたら、学校へ行かなきゃいけないと思った。

 今の俺が知らない町の学校で習うようなことも、きっと行けば知ることができるだろう。

 俺が自ら学びに行かないとだめだ。


「――――俺、学校へ行こうと思う。ちゃんと勉強しないとだめだ」


 大人の三人は、複雑な顔をし、でも笑みを浮かべた。


「そうか。勉強しろってあんまり言いたくないがな、いいと思うぜ」


「自分からそう思えるのはなかなかないことよ。手伝えることがあれば言うんだよ」


「大人はなぁ、自分は大して勉強してこなかったくせに、子どもには勉強しろって言うものじゃんな。大いに学んで来いよ、コータス」


 苦笑するしかない。

 中身はいい大人なもんで、わかる。

 ただ、いい大人で、もう学ばなくても大丈夫と思っていたのは、本当によくなかった。

 大人っていったって、まだまだいろんな部分で成長の余地があるもんなんだな。




 決めてしまえばすっきりした気分で、夕方に市場に戻りシリィに「学校へ行くことにする」と告げた。

 シリィは神妙な顔をして「わかった」と答えた。


「――この間は反対していたのに、あっさりだな」


 俺が苦笑すると、シリィはむっつりと返した。


「勉強大事なの、わかったから……。コータスは勉強したからいろいろ知ってるしできるんだよね。もっとできるようになるの、いいと思うからさ」


「卵ソースは持ってくるし、休みの日はこっちに来るからな」


「わたしはお店がんばるよ」


「薬草摘み……冒険者にまた戻ってもいいんだぞ」


「ううん! お店がいい。わたし、やってみてわかったよ。お客さんが喜んでくれる仕事がしたいって。だから、一人でもがんばる」


『ニャー(がんばるですー)』


「シロちゃんも応援してくれるんだね!」


 シリィはカゴから見上げていたシロを抱き上げて、ぎゅっとした。

 シロの声は聞こえてないはずなのになぁ。


 ――――あとはリュイデか。優等生っぽく見えるのに、時々暴走するからな。一通りの手続きや準備が終わるまで、言わないでおこう。


 この判断がどれだけ正しかったか。

 のちの俺は今の俺に深く感謝することになるのだが、それはまた少し先の話。






 ### あとがき ###


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