釣り師、ペラペラじゃない


 卵サンドを売り出してから数日が経った。

 朝一でマリネとマヨネーズを届けに市場へ行くと、すぐ後にシリィも来た。


「早いな」


「卵を茹でておかないとだからね!」


 作る様子を見ていると、きちんとメモ書きの分量通りに卵を数え魔道具のタイマーで茹でる時間を計り、マヨネーズも混ぜる分だけ量っている。

 ちゃんとやっているようだ。


 話を聞けば、売り出された卵サンドは好評らしい。

 報告するシリィはとてもうれしそうだ。


「女の人に人気だよ。わたしも好きー。お姉ちゃんたちはもっと満腹感があるやつがいいって」


「満腹感か……」


 卵サラダはたしかにするするっと入っていく。それなら、ポテトサラダでどうだ。

 ジャガイモはたまたま買ってあったので、とりあえず試作してみる。

 時間短縮のためジャガイモは小さめに切って茹でる。ついでに彩り用のニンジンも茹でて、茹で上がったらジャガイモはヘラで潰して、塩とマヨネーズで味を調えて、ニンジンも入れる。パンにはさめば炭水化物 in 炭水化物。食べごたえはある。

 となりで卵サラダを作りながらもこちらを見ていたシリィは、興味津々のようだ。


「卵サンドに似てるね」


 どっちも潰してマヨと合わせるだけだからな。

 ただ、もうひと味欲しいところだ。


「――市場でベーコンとかソーセージって売ってないよな?」


 病院の食事でベーコンが出たことがあったから、あるのはわかっている。

 ただこの辺で見たことはない。

 シリィはこともなげに言った。


「ああ、ここ加工肉店シャルキュトリはないけど、肉屋のおばさんに言えば奥から出してきてくれるよ」


 知らなかった!

 早速、開店前の肉屋に行って、丸まったシロくらいの大きさのベーコンを塊で買って来る。

 うわ、これ気分があがる! 好きな厚さで切れるぞ! 食べたかったぞベーコン!!


『ニャニャー!(ペラペラじゃないです!)』


 シロはよくわかっている。そう、これが日本でペラペラしていたものの正体だ。

 豚肉の塊を味付けして燻製した加工肉。肉とスモークのいい香りがする。


 5ミリくらいの厚さで長く切ってフライパンでさっと焼き、粗熱を取ってから、上下半分に切った丸パンにのせた。パンからはみ出したベーコンが、贅沢感を醸し出す。

 そして先ほど作ったポテトサラダをのせて挟む。

 半分に切って、シリィに渡すと、シリィは一口食べて目を見開いた。


「見てるだけでも美味しそうだったのに、食べたらすごいすごい美味しい!!」


 あっという間に食べてしまった。

 手元に残っていた半分をさらに半分にしてシロにあげ、自分の分を口元へ。

 パンの穀物の香りとベーコンのスモークの香りが鼻をくすぐる。

 ぱくりと噛みつくと弾力があるパンとそこそこ厚みのあるベーコンの歯ごたえに心が躍る。それらを柔らかいポテトサラダがとろりと包み込む。

 ベーコンは塩味もあるが脂が甘いな! 美味い! 厚めにして正解だ。


『ニャムニャムニャム……』


 シロが一心不乱に食べている。わかる。塩味と甘みと酸味と複雑なハーモニーを味わっていると無口になるよな。


「これ! コータス、これ作りたい! イモベーコン挟みパン、売りたい! 食べごたえあって美味しくて肉! これならお姉ちゃんたちも満足すると思う!」


「おう、いいぞ。あー……でも、こんなに種類増やしたら、作るの大変じゃないか?」


「まとめて作れるものはまとめて作るよ。最近料理のスキルも上がったし! 本当は卵ソースもわたしが作りたいんだけど」


 マヨネーズはなぜか俺が作った味と同じにならないんだよな。不思議だ。


「わかった。じゃ、開店までの間にイモサラダの作り方教える」


 シリィに指示して教えながら、自分はシリィの代わりに肉パンことお好み焼きもどきを焼いていく。


「ジャガイモは大きさがなるべく揃うようにな。本当は卵ソースはあらかじめ決めておいた割合で混ぜてほしいんだが」


「無理! 割合って割り算でしょ! しかも三桁! 無理!」


「うん、だからジャガイモの個数と卵ソースの量を決めておこう。なるべく大きさ揃えて、小さいのが入りそうなら大きいのと二個セットで。――あと、ジャガイモは新ジャガっていう採れて間もないものより、貯蔵されていたものの方がいいからな。新しいのは潰すと水っぽくなるから」


 シリィは一生懸命にメモをとっては、手を動かしている。


「うん、わかった。――それにしてもコータスって、物知りだよね。どこで覚えてくるの?」


「あー、学校とか……?」


 本当は前世の知識だが。

 適当に言ったところ、シリィは「そうなんだ」と言って黙り込んだ。

 学校嫌いには、耳が痛かったかもしれない。


 開店後、ぼちぼちと途切れずに訪れる客がいたのでシリィはカウンターに立ち、俺はマリネのサンドを十分な数作ってから市場を後にした。




 ◇




 テントへ向かう途中、釣りギルドの前に知った顔を見つけた。

 マデラス島釣りギルドのギルマス、シダーさんだ。


「おう、コータス。元気そうじゃん。この間預かった疑似餌、あれ調べてもらった結果を知らせに来たぞ。今、時間あるか?」


「ああ、大丈夫だ」


「じゃぁ、中で話をするか。兄貴たちが話を聞いても構わないか? ちょっとばかり刺激的な話になるかもしれんが」


「……刺激的?」


 前置きですでにどきどきしてきた。

 なんとなく嫌な予感がしながら、俺はシダーさんと連れ立って釣りギルドの中へ入っていった。





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