釣り師、わぁわぁと責められる


 午後、リュイデが遊びにきた。

 時々遊びに来てくれてくれるこの同じ年の少年は、店を開店してからは市場の方にも顔を出してくれていた。


「コータ、今日は店じゃなかったんだね。あ、シロ! 元気だった?」


 近付いていったシロを抱き上げ、リュイデは満足そうだ。


「ああ、シリィが一人でできるってはりきってるから、任せてるんだ」


「そうなんだ。覗いてきたけど、市場のおばさんたちと楽しそうだったよ。しゃべってばっかりで、ちゃんと仕事してるのかな」


 出会いが悪かったせいか、リュイデはシリィに関して辛口だ。

 将来、医療系の仕事を目指しているまじめなリュイデと、大らかといえば聞こえはいいが大雑把な狐獣人のシリィ。相性が悪そうだよな。

 でもここで、周りのお店の人と上手くやるのも大事だからあれでいいんだよ。なんて言ったら拗ねそうなので言わない。


「お客さんに売るのはやってるだろうしな」


「それはやってたかな。僕が買った時もできてたし……。ああ、そうそう。後で来るって言ってた」


 実はちゃんと働いているのは認めてるんだよな。リュイデは店でシリィの計算がおぼつかなかった時から見てたし。

 ただなんとなく、お互いシャクに障るという感じなのだろうか。


「わかった。伝言ありがとな」


 リュイデが持って来てくれたクッキーを皿に出し、お茶を淹れる。

 なんとなく言いあぐねているような様子のリュイデに、カップを差し出した。

 受け取ったリュイデは、やっと口を開いた。


「――学校が始まるかもしれないんだ」


「ああ、魔素大暴風のせいで休校中なんだよな?」


「そう。でも、そろそろ安全宣言が出るかもしれないって。いつもならこの後長期休暇があるんだけど、十分休んだからって無しになりそうなんだ……」


 そんなことがあるのか。子どもにとっての夏休みは大きいだろうに。まぁでもカリキュラム的にそんなに休んでもいられないっていうのもわかるが。


「休暇がなくなるのはいやだよな。学校は大変か?」


「ううん。楽しいよ。時々めんどうなこともあるけど。――ただ、ここにそんなに来れなくなるなって……」


 それを気にしてくれてたのか。

 俺は中身がおっちゃんだからな。故郷を離れたせいもあって、疎遠になった友達なんて山のようにいる。そういうもんだって慣れてしまっているんだよな。

 しかも異世界なんてところに来て、もう絶対にあっちの世界の人とは会えないわけで、どこか壊れてしまった。今さら傷つかないんだよな。


 ――――いや、でも、少しはさみしく思うか。リュイデはどうしてるかなって、思うだろう。


「……さみしくなるな。でも、俺もずっとここにいると限らないし、もしかしたら学校に行くかもしれ――――」


「え!? どういうこと!? コータ学園に入るの!?」


「あ、いや、まだわかんないぞ? そういう話がちらっと出ただけで……」


「コータは町の学校を出てるんだよね?! その後に学校へ行くなら学園に行くんだよ! いっしょに行けるよ!」


 ……うかつに言わなければよかった。

 気を遣わせないように言ったのが裏目に出た!

 なのに、そんなタイミングでさらにややこしくなりそうなのが来るんだ……。

 シリィがニコニコしながら駆けてきた。


「コータスー、お金は金庫に入れてきたからね!」


「お、おう。今日もお疲れさまだったな」


「たくさん売れたよー! そこの小さい子も買ってくれたし!」


「僕は小さくない! コータより大きいし! 自分がちょっと年上で背が高いからって! 今、大事な話してたのに、邪魔しないでほしい」


「生意気! わたしだって大事な話があるんだから!」


 あーもー、収拾がつかないじゃないか。

 先にシリィの話を聞いてからと思ったのに、リュイデは言ってしまった。


「コータが学園に行くかもしれないんだよ! これ以上大事な話なんてないよ! そうだよね、コータ?」


「学園ってどういうこと!? 寮に入るってこと!? そんなの聞いてない!! わたしとお店やるんじゃないの!? コータス学園なんて行かないよね!?」


 俺は二人にわあわあと責められて、口は禍の元というのは真理すぎるなと天を仰いだ。



 ◇



 学校へ行くということもあるかもしれない。というだけで、まだ全然話は進んでないと説明したものの、二人はあまり納得していない。

 リュイデははっきりさせて、なんならいっしょに行くという確約がほしいみたいだし、シリィは学校なんて行かない、ずっといっしょに店をすると言ってほしいと。


「――話があったのは今日の朝の話で、まだ考え中なんだ。学校に行くなんて考えたことなかったし。今のままで困ってないしな。だからリュイは秘密にしておいてくれるか? ゼランニウムさんに余計な心配させないように」


「わかった……。姉さんにも言わない」


 リュイデは神妙な顔でうなずいた。これでちょっと冷静になっただろう。


「シリィはさ、店を一人でできるって言ってたけど、俺がここに住んでないとできなさそうか? 例えば俺が学校に行くことになって寮に入ったとして、休みの日には来るし、卵ソースやマリネは俺が担当するって言ったら、どうだ?」


 シリィは頭の上についた狐耳をしゅんとさせて、「できる……」と答えた。


「でもさ、コータスがここにいないとなんか心配なんだもん……。それに勉強なんてめんどうなだけだよ! 町の学校を卒業してたらいいんだよ!」


 子ども代表の真っ当な意見だ。シリィは勉強嫌いだったんだろうな。

 リュイデは苦笑している。どっちが年上だかわかったもんじゃないよな。


 そういえばシリィの大事な話ってなんだったんだ? と聞くと、姉のナミルたちが他のパンも食べたいと言っていると。


 そういうことなら試作を兼ねて作ってみることにした。

 肉、魚ときたら卵はどうだ。卵サンドならマヨネーズさえあればシリィでも作れるだろうし。


 三人でわいわいと作って夕食にした。反応はすごくいい。マヨネーズたっぷりの卵サラダって美味いもんな。

 美味しいものを食べている時は、二人ともいがみ合わないし。




 ――なんにせよ、よかった。なんで学校の話があったのかって聞かれなくて。

ドラゴンキラーなんて聞いたらどんな騒ぎになるかわからんもんな……。




 俺は二人にばれないように、安堵のため息をついたのだった。





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