釣り師、勧誘される


 嫌な予感ほど外れない。

 ギルド前にいた集団はハッサムさんといっしょにこちらに向かってきた。

 かなり遠いけど、ハッサムさんのスキンヘッドだけははっきりわかるな。

 近付くにつれ、集団のざわりとした雰囲気を感じる。


「――本当に子どもじゃないか」


「――間違いないようだな」


 昨日の今日だ。

 まぁアレの件なんだろうなと心づもりをしてから集団を出迎えた。


「コータス、町の人たちが話を聞きに来たんだが、いいか?」


 ハッサムさんの言葉に頷いた。

 制服姿の男が4人、レイザン管理局の職員だと名乗り、身分証明具から職員証というのを浮かび上がらせて見せた。

 こういう使い方をするのを初めて見た。身分証明具って便利だ。証の見せ方がかっこいいな。

 管理局ってあのいろいろ手続きしてくれた所だ。ずいぶん親切にしてもらったっけ。

 この4人からも嫌な感じはしなかった。

 少しだけ緊張が解ける。

 その中で一番年上そうな人が口を開いた。


「ずいぶん若い子がドラゴンキラーの称号を得たという報告が入ってね。レイザンの釣りギルドに所属していると書かれていたから話を聞きにきたところだったんだ。ええと、君がコータス・ハリエウスくんであっているかい? 悪いんだが、身分証明具で確認させてもらってもいいだろうか?」


「どうすれば……?」


 さっきの職員証を見せるようにするってことだよな。冒険者ギルド証は[冒険者ギルド証開示オープンアドベンチャーズギルド]って言うんだったが……。

 困惑する俺に、若い職員が安心させるように笑いかけた。


「子どもが見せる機会はあまりないもんな。[状況開示オープンステータス]と唱えてくれればいいよ」


「お……[状況開示オープンステータス]……」


 オープンステータスって……! こっぱずかしい!!

 顔が熱くなるのを感じながら腕についた身分証明具の辺りを見ると、いつもであれば半透明なのに透明度が低くくっきりと画面が浮かび上がった。



 ◇ステータス◇===============

【名前】コータス・ハリエウス 【年齢】12

【種族】人 【状態】正常

【職業】釣り師

【称号】ドラゴンキラー(申し子)

【賞罰】なし



状況開示オープンステータス]はステータス部分だけが見えるようだ。

 アビリティの方は他人にはあまり知らせちゃいけないって言われていたもんな。

 それに口座残高が見られるのかとも心配だったし。


 周りの人たちは「本当にドラゴンキラーじゃないか……」とか言ったっきり黙りこんだ。

 ドラゴンキラーに対してのリアクションのようで、その後の(申し子)に関しては何もない。

 ずっと気になっていたのだ。かっこ書きの称号なのか。隠し称号的なものなのか。

 様子からすると、他の人には見えていないようだった。


「おうおう、コータス! 最高の称号じゃねーか! 初めて見るぜ!?」


「そうなのか? でも、たまたまのまぐれなんだけど。スワンプサーペントよりも小さかったし」


「まぐれでもそう簡単に釣れないぜ。そして釣り上げられないからな」


 ハッサムさんが言うと、管理局の人たちも復活して首を縦に振った。


「その通りだよ。君はきっと魔力が多いんだろうね。――ところで、町の学校には行っていたのかい? どこの町の学校に行っていたのだろう?」


「あ、俺、両親を亡くした事故の後から昔の記憶がないんだ。でも字も読めるし書けるし計算もできるから、どこかの学校には行っていたと思うけど」


 本当は計算とかは俺の持っていた知識だけどな。

 たしかリュイデに聞いた話では、町にある寺子屋的な学校は3年で卒業になると。

 で、リュイデが行っている領立の全寮制の学校だと、もっときちんと学べて在学期間が5年だと聞いた。


 領立学園などの学生であればステータスの職業欄に学校名などが記載されるらしく、それがなかったから町の学校に行っていて卒業したのだろうと、治癒院で判断されたのだ。

 町の学校は小さいしゆるく運営されているらしく、身分証明具への記録はあったりなかったりらしい。


 俺のちょっとヘヴィーな話を聞いて、場がしょんぼりとした。

 けれども、一番偉い立場にいるように見える職員はなんとか続けた。


「――そうか。大変だったね……。今、12歳ということはまだまだ学ぶ時期だと思うのだよ。よかったらまた学校へ行ってみないかい? もっと魔法の能力などを伸ばすのもいいと思うのだが」


「え……。いや、俺は……」


「ああ、お金のことなら心配いらないよ。ドラゴンキラーの称号があれば奨学金が出るからね」


 そういうことではないけど……。

 俺の中身はおっさんで、今さら学校ってどうなんだと。

 他の子たちはぴちぴちのローティーン。浮きそうだし、いたたまれないのではないだろうか。

 黙り込んだ俺に気を遣ってか、後ろから控えめに声がかけられた。


「部長……。今日は確認だけと……」


「ああ、そうだったな。いきなりすまなかったね、コータスくん。考えておいてくれるかい? 何か聞きたいこととかあれば管理局の住民課においで」


 そう言い残して、制服の4人は去っていった。

 残されたのは自由を絵にかいたような釣り師がふたり。

 ハッサムさんは頭をかきながら、「まぁ、そうだな……」とつぶやいた。


「コータスの好きにすればいいと思うぜ? だがな、釣りはいつでもできるし、好きな時に釣り師だと名乗れる。いろいろ試した後でもいいんだぜ? 学園などは15歳までしか入学することはできないからな。今だけ行けるという特典はもらっておいてもいいかもしれいねーぜ?」


「そう、だな……」


「一応、俺も学園に行っていたし、うちの子たちもみな学園を出たぜ。寮生活も後から思い出してみれば楽しいもんだしな」


 そういうものかもしれない。

 それに、この体のコータスにはいろんな体験をさせたい気もする。

 けどなぁ……。

 中身は異世界産のおっさんだぞ。自分自身もやっていけるか不安だし、そんなのを子どもらの中に紛れこませていいものかと、なかなか躊躇ちゅうちょするところだよなぁ…………。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る