釣り師、報告というかなんというか


 次の日。

 寝ているシロをカゴに入れ、まだ開店準備の人影も少ない早朝の市場へ行った。

 シリィもまだ来てない。昨日の様子を聞くのは後だ。

 作ったマリネとマヨネーズを店の保管庫に入れて港に戻る。


 俺はレイザンの釣りギルドへ急いで行った。

 そしてギルドの中にいたハッサムさんの前で、魔法鞄から無残な姿になった船の残骸(破片ともいう)を取り出した。


「おう、コータス。どうした? 岩場のゴミ拾いか? いい心掛けだぜ」


「あー……大変言いづらいんだけど、これ……借りていた船だ……」


 カッ! と目を見開いたハッサムさんが固まった。


「大変申し訳なく思っている……。弁償させてもらいたいんだが……」


 その後ろで同じようにマリリーヌさんも固まった。が、一瞬後にプッと吹き出して大笑いしだした。


「大物っ! コータス少年、超大物!! おもしろすぎるわぁ!!」


 いやいや、笑いごとではないと思う……。

 固まっていたハッサムさんも天を仰いだ。


「――――あー……。なんか恐ろしいこと聞かされそうだぜ……。弁償はまぁ少しは払ってもらうかもしれないがな……? 何がどうなってこうなったんだ? コータスのことだから悪ふざけしてってわけじゃないだろ?」


 まぁ、状況は聞きたいよな……。

 だが、ドラゴンを釣ってドラゴンキラーになったなんて、言いづらい……。日本のおっさんがカミングアウトするには恥ずかし過ぎる称号だ。


「それが……ちょっと大物っぽい感じのを引っかけたんだわ。で、ちょっと連れて行かれて、猛スピードで岸壁にぶつかった感じ……?」


「さっぱりわからねーぜ!」


「コータス少年。ちょっとどこに連れて行かれたのさ?」


「……マデラス島に……」


「「マデラス島!?」」


 二人はすごく驚いていた。

 あの小さい釣り船は、魔法陣で描かれた魔法と乗っている人の魔力と魔石の組み合わせで動いているらしい。そんなにスピードが出る船ではなく簡単に行ける距離ではないと言われた。

 マリリーヌさんは「大物過ぎる!!」と爆笑中だ。


「シダーさんはそんなに驚いてなかったような……」


 ガルフドラゴンには驚いていたけどな。いや、驚き過ぎて、それ以外のことはかすんでいたのかもしれない。


「シダーに会ったのか! で、その引っ張って行った大物は、ま、まさか、釣ったのか……?」


 やっぱり、言わないでは済まないよな……。


「……ああ、釣った。――――ガルフドラゴンの幼体だそうだ」


 ハッサムさんは天を仰いで沈黙した。


「……まったく、少年ってば、めちゃくちゃだわよぅ……。幼体っていったって、大変だっただろうに」


 マリリーヌさんは腹を抱えて笑い倒した後、涙を拭きながら立ち上がった。


「いやぁ、史上最年少ドラゴンキラーの誕生かぁ。うちのギルドから出せたのは快挙だよ! でも、こちらで危険予知ができなかったのは悪かったね。うちのミスだから船の弁償はいらないよ。コータス少年の持ち物で壊れたものがあれば弁償するし、ケガがあったなら治療費を出すよ」


「いや、船以外は特に壊れてないし、下級ポーション飲んだから大丈夫だ」


「すまねーな……コータス。こんな湾の奥でまさかガルフドラゴンが出るとは思わなくてさ。俺が釣る時は何も変なものは釣れないもんだからな。だが、前にもシーサーペントの牙だけだが釣れていたっけな。もっと用心しなきゃならんの忘れていたぜ」


 復活したハッサムさんが頭を掻いた。

 まぁ恐ろしい思いをした以外には特に被害もないからいいんだけどな。


 安全宣言が出る前でも船を出してはいけないということはなかったらしい。ただ、宣言が出るまではギルドが安全を見極めて気を配ることになっていたのだとか。


 飲んだポーションの補填にとポーションをいくつかもらって、ギルドを後にした。



 ◇



 開店直後の市場に顔を出した。

 シリィに昨日の様子を聞くと、忙しかったらしいが問題なく店を回せたようだった。

 周りの店の人たちも気を付けて見てくれているようで、何かあってもそんなに心配はないだろう。

 気にする俺に、ニカッと笑い返している。


「コータスは釣るのが仕事でしょ! 挟みパンの魚の準備と卵ソースを作ってくれるだけで大丈夫だから」


「いやでも、忙しいなら俺も店に入るぞ?」


「いいの! ちゃんとできるから!」


 狐耳をイカ耳にしてそう言うので任せることにする。心配だけど。

 給料は上げておこう。店長みたいなものだからな。


「毎日マリネと卵ソースを置きにくるから、何かあればその時に言って」


「はいはい~。シロまたね」


『ニャ~』


 追い出されるように早々に帰らされた。

 俺、一応オーナーなんだし、もうちょっといてもいいと思うんだよ……。


 差し迫ってやることもなく、買い物してから港のテントに戻り昼食の準備をする。

 干物をさっそくいただこうか。

 キャノピーひさしの下に置いたテーブルに、魔コンロとフライパンをセット。

 その上に小さめの干物をふたつのせた。アジの干物によく似ている。っていうか、そっくり。

 すぐに火が通りそうなので、中火でさっとだな。

 あとはパンと、葉物野菜。ワインビネガーと塩をかけて、卵ソースことマヨネーズを添えて。

 準備をしている間に干物が焼けた。

 骨の方は薄茶でつやっとして端がじゅうじゅうしている。しっぽの方をつまんで皿にのせた。


『ニャ~~(いい匂いです~~)』


「うーー、たまらんなぁ」


 魚が焼けた香ばしい匂いだ。

 手で骨をはずして、身をおおまかにほぐしてシロの皿に入れてやる。


『ニャ~(骨のとこの薄いのもください~)』


「はいよ」


 シロは本当によくわかってんな……。

 ご希望の薄いところを差し出すと、はぐっとくわえて自分の皿の上に置いた。

 箸があればいいんだけどな。

 自分の分も手でほぐしてから、フォークですくう。

 干物だというのに艶がありふっくらとした身を、ひとくち食べた。


 ……ウマ……。


 しっとりとしながらホロリと身がほどけた。

 脂がのってジューシーだ。魚の旨みが口で広がり、ほどよい塩味がパンを進ませる。


「ウマいなぁ……」


『ム~(なつかしいです~)』


 異世界にいるとは思えないほど、よく知った馴染みのある味だった。

 これはいいアジの干物だ。漁港近くの店で買うやつ。って、漁港近くの店でもらったんだったわ。

 干物って塩水に浸けて干すんだったか。それなら味に違いは出づらいのかもしれない。

 ああ、ビールが欲しい。米が欲しい。熱々の白飯の上にのせて食べたい!!

 この野菜も醤油があればなぁ……。


 久しぶりにのんびりとした昼食となった。

 ここのところ店の方にかかりきりで、忙しかったからな。たまには海を眺めながらぼーっとするのもいい。


 遠くを眺め、ふと港の方を見る。

 すると何人かの見慣れない人たちが、釣りギルドの前に集まっているのが見えた。

 スーツ? どこかの制服? 船の出ない港に不似合いな人たちだ。


 なんとなく、のんびりな時間のつづきはまた後日になりそうだなという予感に、俺はぐっと気を引き締めた。





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