釣り師、刺身の良さを広めたい


 初日は上々の売上げとなった。

 内訳としてはほぼ肉パン。肉パンばっかり!

 新鮮魚のさっぱりマリネ挟みパンはひとつも売れてないとか酷い……。

 保存は保管庫だし、余った分は次の日に回せる。が、なんとなく気になるからシリィと二人で分けて持って帰ることにした。シリィは「最近はこっちも好きなんだ!」と喜んでいた。

 そうなんだ。新鮮な魚の刺身は美味い。食べてもらえば好きな人もいるはずなんだ!


 次の日も次の日も次の日も売上げ的にはいいのだが、売れるのは肉パンばかり。


 そして、何故か柱の影のアイスブルーなオーラも毎日あった。

 え、初日に心配で見に来ただけじゃないの?

 いつも昼時に現れているみたいだけど、まさか軍の昼休みに抜けて来てる?


 隠れているということは知られたくないということだろうから。全然気付いていませんって顔で店にいるけど、歯痒い……。


 シリィの休憩中、俺は店頭で接客しながらチラチラと柱を見た。


 貴重な昼休みを使って来てくれているなら、せめてパンを食べていってくれればいいんだがなぁ……。


『ニャ〜ニャ〜(すごく綺麗なお姉さん今日も来てます〜抱っこされたいです〜)』


 ほら神獣にもバレてるぞ……。

 あ、そうだ。


「シロ、抱っこされてきていいぞ」


『ニャ!!』


 神獣なので気付きましたという体で、パン持って行ってこい。

 肉パンと挟みパンどっちも布に包んで、シロにくわえさせた。


「これ渡してきてくれるか?」


『ム』


 シロは軽い足取りでひょひょいと跳びながら柱の影に回った。

 あ、驚いてる驚いてる……。

 抱き上げられた……。

 シロさすがだな……。

 俺がぼーっと見ていると、不意に柱の向こう側から顔が覗いた。


「!」


 セレーナさんは、困ったような恥ずかしそうな顔で、布の包みを掲げた。


 ――――うぐぅ…………!!


 不意打ちの可愛さに撃ち抜かれ、心臓止まるかと思った…………!!


 俺が死にかけた間に犯人は去り、シロが戻ってきた。


『ニャ〜』


 満足そうな顔しやがって!

 まぁ、パンが渡せたからいいけどな。

 保証人に、売ってるパンくらいは食べてほしいと思ってたのだ。

 貴族の令嬢の口に合うかはわからないが。




 そんなことがあった次の日から、まさか毎日セレーナさんが買いに来るとは思いもしなかったわけだが……。




 ◇



「挟みパンを10個お願い」


「あ、はい……」


 お金を受け取り、紙に包んであるものを保管庫から10個取り出してトレーに載せた。

 セレーナさんはうれしそうに受け取り、いそいそと手持ちの鞄の中へ入れた。


 おとといは5個、昨日は6個ときて、今日はいきなり10個だ。

 気に入ってもらえたようで大変うれしい。うれしいが……。


「あの、セレーナさん……。明日も買いに来られますか……?」


「ええ。そのつもりよ」


「いくつくらい買われるかわかります……?」


「……そうね……10個は買うわ。隊で食べたいっていう人が増えているのよ」


 ――明日は最低12個からだな……。

 こんな美人が毎日同じものを食べていたら、気になって食べてみたいと思うかもしれないよな。


「……生魚はどうかなと思っていたんですが、大丈夫そうでよかったです」


「……海沿いの領では生で食べるところもあるの。懐かしくて喜んでいる人もいたわ」


 そうか。場所によっては刺身を食べる文化があるのか。

 それなら口コミでそのうち広まりそうだ。


「……私も馴染みのある味でうれしかったわ……。でもあの中のソースは食べたことがない味だったの。優しいような存在感があるような不思議な味。とても合っていて美味しいけれど、あれだけで味わったらどんな感じなのかしら」


 女神にキラキラとした目を向けられて、俺はさっとマヨネーズが入ったビンを取り出した。


「こちらになります! 卵ソースなんですが、生野菜に付けても美味しいです!」


「いただいていいの?」


「もちろんです! 保証人のお礼にもならないですが」


「いいえ、それは本当に気にしないで。――でもこの卵ソースはありがたくいただくわね」


 セレーナさんは少し恥ずかしそうな顔で受け取り、近くでスタンバイしていたシロを撫でて去って行った。


「はぁ……」


『ニャ~……』


 大きく息を吐くと、すぐ後ろから声がした。


「ふたりしてデレデレして!」


 むすっとした顔のシリィがいた。

 いや、だってなぁ? それに関して俺は断固主張したい!


「デレデレなんて……するだろ! あんなに綺麗で優しくて、死にかけた俺を助けたあげく孤児の保証人になってくれるとか女神だぞ?! ひれ伏さなかった俺を褒めてほしいぐらいだ!」


「ぐぅ……コータスの命の恩人なら仕方がない……けど! 接客はわたしがする! もう店番代わらなくていいから! お客さんがいない間に昼ごはん食べるし! 作るのも覚える! ――ほら、お客さんいないうちに教えてよ!」


 シリィはすごい勢いでレシピを覚え、数日後にはブレのない仕事をするようになった。手先が器用なわけではないが、体の使い方が上手いみたいだな。

 初めて会った時は料理下手だって泣いてたのになぁ。

 子どもの成長は早い。

 このままいけば、近いうちに店を任せられるようになりそうだ。


 俺は嬉しいような寂しいような複雑な気持ちで、楽しそうな背中を眺めたのだった。





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