釣り師、店主になる 2


「――――治癒院で……ゼランに港にいると聞いて来てみたの」


 探るような心配そうな目を向けられた。

 他の人たちに気を遣われ、市場の隅へ連れてこられた俺とセレーナ様は、二人っきりでテーブルを囲んでいた。

 いや、あとシロもいた。最強の心臓で氷のバラ様に抱っこされている。今までのお姉様たち以上にべったりだ。

 俺は落ち着かない気分で、美貌を見返した。


「――――俺、あまり覚えてないんですが、セレーナ様が俺を助けてくれたんですよね……? ありがとうございました」


「セレーナ様、ね……。様はなくていいのよ。記憶喪失って聞いたのだけど、大丈夫? 暮らしていけている?」


「それではセレーナさんと呼ばせていただきます。はい。大丈夫です。案外困らずに暮らせています」


「――――そう……。まさか記憶をなくしているなんて思わなかったから……。治癒院に預けたままにしていてごめんなさいね。暮らしが大変なようなら、シルバーナ領に住めるところもあるのだけど」


「いや、大丈夫……です。さっき見てもらった通り、店も始めるし。保証人も無理に引き受けてくれなくても――」


「それは引き受けさせてもらうわ」


「責任を感じているのなら、それは違うから。助けてもらっただけで十分で……」


 このコータスの体が助けられなかったなら、俺は赤子に転生していたのだろう。

 どっちがよかったのかはわからない。

 だが、コータスになってから日が浅いけれども、愛着はわいていた。紺色の不思議な髪も、光で色が変わって見える目も、無駄に整った顔も、生きていてよかった。

 この体を生かしてくれて、生かそうと思ってくれてありがとうと思う。


「コータス。保証人は、私が」


 はっきりと言い切られて、俺は口を閉じた。

 大きな声ではなかった。だのに有無を言わせない迫力。

 軍人だというのを感じさせる言葉だった。


「……それなら、お願いします。お世話になります」


 そう言うと、セレーナさんは少しだけ目を見開いた後、俺をじっと見た。


「…………ええ。まかせて。私の方の手続きは町の方に直接するから、君は気にせず店の準備をするといいわ。何か困ったことがあれば、軍に連絡してね」


 それではね。と立ち上がったセレーナさんに、シロを手渡された。

 そのままきびきびとした足取りで去って行く後ろ姿が振り向くことはなかった。


 それをただ見送って、深く息を吐きだした。

 コータスと呼ばれた時に感じた、違和感。

 ゼランニウムさんに教わっていたのかもしれないし、名前を知っていてもおかしくはない。

 おかしくはないけれども、あまりにも自然に名を呼ばれた。

 まるで呼び慣れているような――――。


 セレーナさんは、コータスの元々の知り合いなのだろうか。

 もしかしたら、その危険があった時に近くにいた? ――――だから、助けられたのか?

 元々のコータスを知っている人に会うこともあるのだと、目覚めてからすぐに考えたのを思い出す。すっかり頭から抜けていた。


 勝手に推測していても仕方がないか。

 なるようになれだ。

 ただ、もし本当に知り合いだったとして、この体の中身が違う人だと知ったら、どう思うだろうか――――。


 悲しませる以外の答えは全く出なくて、俺はセレーナさんにはなるべく関わらないようにしようと思ったのだった。




 ◇




 店を始めるにあたって必要なものはほとんどなかった。

 什器は備え付けの食品保管庫や陳列台があるし、調理が出来そうな作業台と小さなシンクまである。


「コータスはここで料理とかするの?」


 シリィに聞かれて考える。

 作ってきたものを魔法鞄に入れて持って来て売ってもいいが、ここは市場。材料はすぐに買える。

 足りなくなれば作って補充すればいいし、新商品の試作なんかもできるだろう。


「そうだな。ここでもすると思うぞ」


「じゃ、料理教えてもらってもいい?! コータス、料理上手いからいつか教えてもらおうと思ってたんだ!」


 ちゃっかりしてんな! だがそれでいい。やる気があって大変よろしい。

 それならここにも魔石コンロを用意しよう。あと調理器具か。


 次の日には町の担当の人が来て、規約を読んで、書類を書いたりサインをしたりした。

 保証人として名乗りをあげてくれたセレーナさんが、話をして手続きをしてくれたらしい。

 超絶綺麗で親切とか、やっぱり女神なのでは? それか妖精。


 急遽始めることになった店だけど、とんとん拍子に準備は進んだ。

 魔石コンロだのフライパンだのの必要な道具類は、市場のおっちゃんおばちゃんたちがゆずってくれたのだ。

 しかも食材は少しまけてくれると言う。順調過ぎて恐ろしい。


 売るものの試作をしたり店を飾り付けたりとしているうちに半月が過ぎ、準備を整えて開店の日を迎えた。


「シリィ……。これ、なんのいたずらだ……」


「えー? かわいいよね? お揃いの制服エプロン! コータス似合ってるよ!」


 ピンクのシャツに黄色のエプロンとか、なんの罰ゲームだよ?!

 そう言うシリィはめちゃくちゃゴキゲン。それらを着て赤いスカートをひらひらさせている。頭にピンクのリボンまでつけている。

 そりゃ、シリィにはかわいいかもしれないが、見た目が美少年とはいえ男だぞ!

 シリィに任せた俺が悪かったんだが!


『ニャ~ニャ~(いちごケーキみたいです~おいしそうです~)』


 そんなスイーツラブリーいらん!


「ほら、早く早く! 市場開けるって言ってるよ!」


「――――ああ、くそ! もうなるようになれ!」


 急かされるままにキュートでラブリーな服に着替えて店頭に立つ。

 それとほぼ同時に、市場のお客さん用の入り口が開け放たれた。







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