釣り師、店主になる 1


「若い子たちが店をやってくれるのは大歓迎だよ。話をちゃんと聞いてからってところも、感心だ」


 卵を売っている店のおばちゃんこと、ルルダさんは笑顔でそう言った。

 空きスペースにあるテーブルセットは、急遽オープンのための相談会の席となった。


「ここは賃料は安いよ。特に今は魔素大暴風の影響を受けたってことで安くなってるんだよ。月に1万レトで最初の入居の時に、それとは別に3か月分の賃料を納めることになる。何かあった時の保証金になるんだ。備品なんかを壊したら、ここから払われるからね。これは何もなければそのまま戻ってくるよ」


「1万レトって安過ぎじゃないか」


「今だけだって話だけど。だから安い間だけでもいいかもしれないね。どのくらい儲かるかもわからないだろうし、お試しでやってもいいと思うよ」


 1日に1000レト稼げれば、家賃分は出るな。


「――シリィは1日にどのくらい稼ぎたい?」


「うーん、いつもは薬草採取で1000レトから2000レトくらいになるから、それより多くがいいな!」


 どのくらいの時間をあてているかわからないけど、薬草採取って稼ぐの大変なんだな……。

 あまり長時間労働にはしたくないし、朝から昼過ぎくらいまでの営業で朝食・昼食に買う人をターゲットにする感じか。

 聞けば、朝の開店時間は早めで朝食のパンを買いにくる人もいるらしい。

 その時間なら冒険者たちにも冒険前の腹ごしらえとか持っていく用にアピールできるかもしれない。


「冒険者ギルドでは1日ごとでお金をもらっていたと思うけど、そっちの方がいいか?」


「ううん。1日ごとじゃなくてもいいよ。お姉ちゃんのお金で暮らしていて、わたしのお金はギルドに貯金しているんだ。成人したら家賃がかかるようになるって言われてて、今から貯めているの」


「案外、ちゃんとしてるんだな」


「ギルドの人に言われたんだー」


 褒められたシリィはニカッといい笑顔を浮かべた。

 冒険者ギルドの面倒見のよさに感心する。たしかに職員たちはみんな親切だった。冒険者だと狩りはできるけど日常生活でつまずく人も多いのかもしれない。そいういうフォローもしているのだろう。


 そして、ここの姉妹も大変な中でがんばっていて、考えてるんだな。

 俺も力になりたいところだ。

 シリィに好きな仕事で稼がせてあげたい。


 保証金は安すぎるからすぐにでも出せる。

 売り上げも1日に最低5000レトくらいあれば、赤字にはならないだろう。賃料と材料費を引いて残りシリィの給料に3000レトくらいの計算。

 500レトのものなら10個売ればいい。それならいけるだろう。


「――――よし。じゃ、やってみるか」


 隣りに座っていたシリィは特大の笑みを浮かべ、遠巻きに話を聞いていたおっちゃんおばちゃんたちも新入りの誕生に沸いた。

 

「ルルダさん、最初に必要なのは4か月分の賃料でいいんだよな? あとは何かいるものあるのか? 保証人……とかはいらないのか?」


「ああ、いるよ。なってくれそうな人はいるかい? ――――いや、いなくても、所属ギルドによってはなってくれるからね。それも心当たりがなければ、町の担当者にかけあってやるよ」


「釣りギルドで保証人になってもらえるか聞い――――」


「私がなるから大丈夫よ」


 落ち着いた声が聞こえた。

 振り向くと、そこには氷のバラが咲いていた。


 ――――――――え――――――――……?


 ――――セレーナ・シルヴェライズ少尉。

 そうグラッグ主任が言っていた。

 近くで見る整った顔立ちは、暴力的なほどに目を奪う。

 海の女神かと思っていたアイスブルーの長い髪は不思議と軍服と合って、戦の女神の様でもあった。

 掃き溜めに鶴などと言ったら店の人たちに悪いんだが、そのくらい場違い感がすごい。


「国軍所属のセレーナ・シルヴェライズという者だけど、私が保証人でいいわよね?」


 セレーナさんはルルダさんに腕輪を見せた。


「あ、ああ、もちろん! 軍のお方なら間違いないよ! よかったねぇ! ふたりとも!」


 そう言われても、突然過ぎて付いていけてない。

 シリィも口と目を開けたまま固まっている。

 ギャラリーもほとんどの人が石像のようになっていた。

 前世の俺が、なんのやましいところもないのに警察の制服にどきっとするように、国軍の制服に驚いているところもあるのかもしれない。

 だが、まぁとにかく衝撃を受けるほどの美貌だ。


「シルヴェライズ……シルバーナ子爵の縁の方でしょうか?」


 烏合の衆の中にも、きわめて理知的に貴族の名前を思い出し口に出せる人もいたらしい。


「ええ。シルバーナ子爵は父よ」


 セレーナさん、正真正銘のお嬢様だった。

 セレーナさんなんて恐れ多いにもほどがあった。セレーナ様か? それともセレーナ嬢?

 ものすごい美貌だけでもとんでもないのに、お貴族様。


 その場にいる人たちの頭の中をパニックにさせて、セレーナ様はふわりと俺に笑いかけた。


 その場でぶっ倒れなかった俺を、褒め称えるべきだと思う。

 周りから見てただけのおっちゃんやおばちゃんが倒れてるじゃんよ?!

 なにこれ、どういう生物兵器?!

 この超絶美人はこんな町はずれの小さな市場をどうしようってぇの!?


「君の様子を見に来たのよ。ちょうどいい時に来たみたいね」


 だから、その綺麗なのに可愛い笑顔をこっちに向けないで!! 死んじゃう! 俺が!!


『ニャニャニャニャ~~~~ン!(すっごいきれいなお姉さん抱っこしてくださ~~~~い!)』


 …………シロ…………。

 マジで尊敬するわ…………。







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