釣り師、おおいに照れる


 市場へ行くと、シリィが買い物をしていた。

 笑顔で手を振るのと同時にしっぽも振られている。


「コータスとシロちゃん! 何買いに来たの?」


「いろいろだな。とりあえずパンと肉」


『ニャンニャ(肉と肉)』


「うちといっしょ!」


 この間食べて美味かった赤ラペシュも買った。

 農家のおっちゃんは、ちょっと傷がついている赤ラペシュや色が悪い野菜をおまけしてくれた。サービスの方が多いんじゃないのか、これ。


「残っても自分とこで食べるだけだからな。お客さんに喜んでもらう方がいいさ」


 なんて笑うけど、安くても売れた方がいいだろうよ。

 客が少ないのが問題か。昼前くらいの時間はそこそこ人がいる。他の時間は店の人の方が多いこともある。

 周りを見回せば、こじんまりとしてアットホームといえば聞こえはいいが、空き店舗も結構目立つ。

 というか、元々この辺りに住んでいる人たちの数がそんなに減ったのだろうか。

 周りは結構な住宅地に見えるんだが。空き家?


「店が減ったってことは、この辺に住んでいる人が減ったのか?」


 俺が聞くと、となりの店の卵を売っているおばちゃんが話に入ってきた。


「前から住んでいた人は減ったのよぅ。この辺りは漁師と釣り師が多かったからねぇ。大暴風からこっち海に出れなくて仕事を辞めちゃったり、実家が被害受けて手伝いするからって帰っちゃったり、他で出稼ぎに行ったりね」


「この辺り、家は結構あるよな。空き家なのか」


「冒険者が多いんじゃないかな」


 そう言ったのはシリィだ。

 たしかにその姉のナミルは冒険者。シリィも薬草摘み専門みたいだが、冒険者と言えるだろう。

 聞けば、魔素大暴風で住むところをなくした人などに、町が格安で貸しているのだそうだ。

 釣り師や漁師が出て行って空き家になっているところを、上手く利用しているんだな。

 そう言えば、ごくまれに冒険者っぽい客を見かけることがあった。それは、近くに住んでいる冒険者ということなのだろう。


 ってことは、潜在的な客はいる。

 ナミルが帰ってくるころには店が閉まっているからシリィが買い物をしておくんだって、前に聞いたな。

 冒険者の生活サイクルと、店の開店時間が合わないのか。

 あとは、新しい住人でこの市場の存在を知らない人もいるのだろう。


「――――宣伝してみれば、新しくこの辺りに住むようになった冒険者が来るかもしれないよな」


「えー? あいつら、料理なんかしないよ! だから冒険者ギルドの近くの店で食べてくるんだよ」


 シリィがそう言うと、農家のおっちゃんの奥さんもうなずく。


「まぁ、冒険者はそういうもんだわよ。料理する時間があるなら魔獣を狩った方が実入りがいいものねぇ」


「なるほど、材料じゃ買わないってことか……」


「コータスみたいに料理する方が珍しいんだよ。あの肉パン、美味かったなぁ。あれ売ってたら、買いに来るよ。わたしの焦げ肉食べるより全然いいもん」


「そういやお兄ちゃん、食材しっかり買っていくよね。小さいのに作るのかい? えらいねぇ」


「すっごい上手なの! お店のに負けないくらいなんだよ!」


 自分の手柄のようにおっちゃんおばちゃんたちに自慢するシリィ。俺は照れるしかない。

 いやいや、そんなたいしたもんじゃないぞ。普通だぞ。ちょっとやれば、このくらいすぐなんだぞ。

 どうにもいたたまれなくてシロの喉元を撫でたりしてごまかすが、みんなが興味津々なもんだから、魔法鞄に入れていた肉パンことお好み焼きを出してふるまった。


「こんなパンは初めて食べたぞ! うまいな! その辺の食堂でもかなわないんじゃないか?」


「そうでしょ?!」


「あらぁ、本当においしいわぁ。これは間違いなく料理スキル高いわね」


「あらやだ、おいしいわ。この白っぽいソースが効いているわね」


「それ、卵ソースなんだ」


 市場の一角でわいわいしていると、なんか楽しそうなことしてるなと他の店のおっちゃんおばちゃんも寄って来て、大試食会会場になっていた。

 そして気付くと、開いているスペースに出店したらいいんじゃないかという話になっていたわけで。


「――――でも俺、釣りで忙しいんだよな…………」


 まぁ、作るのはいいんだが、売るとなると拘束時間が長くなる。

 知名度が上がれば時間を決めて短時間で売ることもできるかもしれないが、客自体少ないと難しい。

 考える俺の横で、シリィがキラキラした目をこっちに向けた。


「わたし、お手伝いしてあげる!」


 ……シリィはやりたいのか。

 たしかに、物怖じしないタイプみたいだし、市場の人の人たちに可愛がられている。

 コミュニケーションが自然にうまくできるように見えるよな。


「シリィは店員やりたいのか?」


「うん! お店やってみたかったんだ」


 シリィは大変いい笑顔を浮かべた。

 やる気に満ちた子どもっていうのは、微笑ましいもんだ。無条件に応援したくなる。

 よし、じゃぁ、おっちゃんが一肌脱ごうか。(体は子どもだが)


「とりあえず、ここの賃料とか詳しい話を聞いてみよう。家主ってどこにいるんだ?」


「家主は町だよ。この市場は町営だからね。で、現地責任者はうちがやってるよ。なんでも聞いとくれよ!」


 卵を売っているおばちゃんが、自分の胸をポンと叩いて笑った。

 これは頼もしい。

 俺とシリィは「よろしくお願いします!」と頭を下げた。






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