釣り師、氷のバラを知る


「コータス少年、セレーナと知り合いか?」


 国軍魔獣研究部グラッグ主任が振り向いた。


「セレーナ?」


「セレーナ・シルヴェライズ少尉。あのさっきの青の美人だ。氷のバラが珍しく表情変えてたな」


 海の女神はセレーナというのか。

 “氷のバラ”はぴったりだ。


「――――大けがした時に助けてくれた人に似てたんだ」


「本人じゃなくか? 知っているような反応だったぞ。施設に着いたら呼んでやろうか」


「いや、それはいい。邪魔したら悪いし」


 そう答えると、グラッグ主任とロベルト副ギルド長の大人二人は眉を下げた。


「……そうか。おまえ本当にわきまえた子どもだな」


「コータスくんはきっと大変な苦労したのだろう」


 ほどほどの遠慮は日本のサラリーマンの大事なスキルだからな。

 そこそこ社会経験あるんでとも言えず、俺はごまかすように苦笑した。




 少し歩くと国軍魔獣研究部の施設に着いた。

 でかい。マジででかい。

 こんなのが王都の中にあっていいのか。

 聞けば三角州の中にある王都の北側は、王城と国軍施設でほとんどが占められているとか。

 なるほど、王都の中でも端に広大な敷地が必要なものが作られているわけだ。店や住宅のある町部と分けておけば町の利便性は損なわれないから。


 中は魔獣が飼われているエリアや何かの研究をしている部屋などがある。

 そのうちのでかい水槽のある場所へ案内された。日本のプールを思い出すな。


「じゃ、例のやつをここに出してもらえるか」


「わかった」


 肩からかけていたひんやり闇クーラーボックスを開け、スワンプサーペントを水槽へと放つ。

 水しぶきを上げた長い巨体が、水槽をぐるぐると泳ぎ出した。


『ニャー!!(せっかくの獲物が!!)』


「おお…………でかいなぁ…………」


「コータスくん、よくこんなものを釣り上げたな…………」


 こうまじまじと見ると本当にでかい。田舎の空にはためく特大鯉のぼりを思わせる大きさだ。


「いやぁ……本気でコータス少年をスカウトしたくなってきたぞ」


「マルド殿、冒険者ギルドの者として今の発言はいただけない」


「とりあえず研究協力者として客人待遇ならいいだろ?」


「そのくらいなら構わないが――――コータスくんはどうだね?」


「ああ、そうだな…………」


「好きな時にスワンプサーペントを見に来ていい通行証を発行するが、どうだ? ――――またセレーナにも会えるかもしれないぞ?」


「…………」


「おっと、セレーナで釣れそうだ」


 くそ! ニヤニヤしやがって!

 たしかに魅力的なお誘いだよ!

 多分、彼女が助けてくれた人なんだろう。海の女神なんて、普通に考えればいない。(神様はいたが)

 それならお礼を言いたい。コータスを助けてやってくれてありがとうと。助けようとしてくれたこと、きっと本物のコータスはうれしいと思うから。

 ちょっとくらい話とかしてみたい気もするけれどもな。

 でも、相手は若いお嬢さんで、多分成人したばかりくらいか? 対する俺は三十路のおっさん……じゃなかった、ティーンにもならない子どもだった。どっちにせよ、ないわ。

 たまたま命を助けてくれた、でも本来なら決して交わることのなかった超絶綺麗なお姉さん。ここで会えて、正体を知れてよかったと思うくらいでいい。


「まぁいいじゃないか、少年よ。総司令本部の通行証なんてそうそう手に入るもんじゃないぞ。邪魔になるもんでもなし、もらっとけばいいさ」


 そんな軍事基地本部の通行証を気楽にもらうのはだめだろ…………。


「…………魔獣の生態には興味がある。時々来てもいいか? 釣りのヒントになるかもしれないし」


「おう、いつでも来い。歓迎するぞ」


 譲渡完了のサインをして、俺はロベルト副ギルド長とともに国軍総司令本部をあとにした。





 * * *





 客人たちを見送った国軍魔獣研究部主任のグラッグ・マルドが水槽まで戻ると、すでに水棲魔獣研究班が来て巨体を見ていた。


「本当に生きたままここに持って来たんだな……」


「うわ、これ、古代種じゃないか?!」


「ミスティ湖にはもう一度調査に行った方がいいかもしれませんよ」


 活気づく部下たちと今後の計画などを話し合っていると、遠慮しているように入り口から覗いている人物がいた。

 セレーナ・シルヴェライズ少尉。国軍の氷のバラだ。

 グラッグとて国軍の者を全員覚えているわけではない。関係がある者の他はたまたま知り合った者か目立つ者くらいしか名前はわからない。セレーナはそのうちの一人だった。

 国軍にあるまじきその美貌。知らない者はいないと思われる。

 珍しい場違いな来訪者に、騒がしくしていた者たちが固まった。


「どうした、セレーナ少尉。入って来ていいぞ」


「はっ。入場許可ありがとうございます。――――あの、グラッグ中佐、さっきの……」


「コータスか?」


 こくりとうなずく姿は少女らしさがあり、場が一瞬ざわりとした。

 グラッグはセレーナの方へ歩を進め、壁際へと誘導した。


「――――少し前に帰ったんだが、また来ると思うぞ。来る時に呼んでやろうか?」


「いえ、結構です。こちらの迷惑になりますので」


「…………おまえらおんなじこと言うな」


「あの、コータスは…………なぜこちらに…………?」


「貴重な研究対象を譲渡してくれてな」


 グラッグが水槽を指差すと、セレーナは目を丸くした。


「あれですか?!」


「ああ、大したもんだ。――――おまえのことを“大けがした時に助けてくれた人に似てた”と言っていたが、本人なんだな?」


「…………コータスがそう言っていたんですか」


「ああ、そうだな」


「――――はい。助けた人というのは間違っていません。でも…………なんでそんな見ず知らずの人みたいな言い方…………」


 どことなくさみしそうな姿でつぶやいた言葉は、グラッグには聞こえなかった。

 ただ離れたところにいる部下たちからの視線が痛いやら恐ろしいやら。

 とても振り返る勇気はない。


 それにしても、国軍の麗しき氷のバラにこんな顔をさせるとは。あの色男コータス少年め、とんでもない大物だなと、グラッグは大変困りつつも苦笑するのだった。





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