釣り師、国軍へ


 次の日、約束の時間にギルドへ行くと、ロベルト副ギルド長と体格のいい軍人が待っていた。

 紺色の詰襟の軍服に、同色の制帽を被っている。

 年齢は三十代に見える。俺(中身)と同じくらいじゃないだろうか。


「国軍魔獣研究部主任のグラッグ・マルドだ。この度は国軍の魔獣研究への貢献に感謝する」


 ビシッと敬礼が決まった。

 敬礼なんてされたことないから、「おお、かっこいいな!」と思わずぽろっと言ったら、ニヤッと笑い返された。


「俺はコータス・ハリエウス。よろしく」


「こちらこそ、よろしく。もう少し大きくなったら国軍に来るか? 少年」


「いや、釣り師でいい……」


「なんだよ、おまえくらいの子どもはこう言えば目を輝かせるのに」


「死んだ魚の目になる子どももいるんだよ――――って、俺、言葉ちゃんとした方がいいか?」


「いや、俺は気にしないが。子どもがきちんとした言葉遣いしてたら気持ち悪い」


「君くらいの年できちんと話すのなぞ、貴族の子どもだけだ。第一ここは冒険者ギルドだ。大人だってきちんと話さん」


 冒険者たちよ…………。

 諦めという表情を張り付けた副ギルド長に、少しだけ同情した。


 シロはといえば、二人にはカゴに入ったままおあいそ程度に「ニャ」と鳴いたのに、ギルドのお姉さんがお茶を運んでくるとカゴの縁に前足をかけ、上目づかいのあざとい姿で『ニャニャ~ン(抱っこしてください~)』と…………。

 恐ろしいほどに欲望に忠実な神獣だ。

 そして「あらあらまぁまぁ、神獣ちゃんたら抱っこですか?」とギューっとされているわけだから、俺はだんだんシロを見習うべきかと思い始めたぞ…………。


 お茶を飲みながらスワンプサーペントの譲渡に関する説明を聞く。

 生きているものに関しては売買ではなく、譲渡に対しての礼金という形を取るらしい。

 希望があれば、スワンプサーペントの様子を見に行ったり、研究に参加することもできたりするのだとか。

 スワンプに限らずサーペント、魔獣の生態には興味があるから、ぜひ話を聞きに行ってみたい。

 他にも名声がどうのとか礼金がどうのとか話があった。意味がよくわからないところもあったけど、大事な金銭の話はちゃんと理解したからいいだろう。

 言われるがままにサインをし、そのまま国軍の魔獣研究部へ向かうことになった。



 ◇



 グラッグ主任に[転移]の魔法で連れてきてもらったのは“レイザンブール国軍総司令レイザン本部”と物々しい看板がかかったごつい門の前だった。

 ロベルト副ギルド長もいっしょに来てくれたけれども、自分の記憶石で[転移]してきていた。


「敷地内は不審者を侵入させないように[位置記憶]の魔法が使えないんだ。だから外部の者も内部の者も必ず門を通らなければならないことになっているんだぞ」


 門の横の建物で俺とロベルト副ギルド長は入場手続きをし、グラッグ主任に続いて国軍の敷地内へと入った。

 と、少し歩いたくらいの所で、ラッパの音に気付く。


 パッパラッパラッパラ~……パッパラッパラッパラ~……。


 ――――これは、前にリュイデと聞いた先触れ音じゃない――――?


「――――第二種音と違う…………」


「ああ、そうだ。第三種音を聞くのは初めてか? これは式典パレードの時の音になるんだぞ。近隣の国々に移民を募る船の、出港式の予行練習が終わったところだな」


 歩道を歩いていたが、もっと端によけ馬車道から離れて待機した。

 やがて姿を現した騎兵が、ラッパを吹きながらゆっくりと通り過ぎる。

 その後、馬の蹄の音がだんだんと大きくなって、整列した騎馬隊がやってきた。

 前回は馬車の中で緊張していたのでよく見なかったのだが、こうして見ると迫力があってかっこいい。

 しかも着ているのが礼服なのだろう。黒や赤のきりりとした詰襟。金色の紐が肩からぶらさがっている人もいる。

 リュイデがたまに見れるとうれしかったという言葉がわかる。

 国軍の敷地内に戻ってきたからか、すこし緩んだ雰囲気で、手を振ってくれる人もいた。


 その中に、目を引かれる姿があった。自然と惹かれていて目が向いていた。

 馬上にいるのはアイスブルーの女性だった。制帽の下、黒い詰襟の背に流れるのは、青みを帯びた銀糸の髪。うしろで束ねられ揺れている。

 芸術品のように整った美しい顔。そして目は多分、氷のような薄い水色の瞳――――。


 あの時助けてくれた海の女神が、いた。

 しかも、歩道にたたずむ俺を見て表情を変えた。

 びっくりして目が丸くなり、口が軽く開いている。

 硬い凛とした雰囲気が、一気にかわいらしさをまとった。

 唇が何かを呼びかけるように動いたような気がした。


 ――――え…………? あの時のあの泣いていた超絶美人、あれ……海の女神じゃなかったのか?!


 思えば、俺が運び込まれたのって国軍の治癒院だった。

 そして連れてきてくれたのは国軍の兵士だと聞いていた。

 血まみれの体を担いできたという話を聞いて、屈強な男の兵士だと思い込んでいたけれど…………。


 あれは、夢でも幻でもなく軍人のお嬢さんだった――――――――……?


 遠ざかっていく後ろ姿を、俺は呆然と見送った。





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