釣り師、かわいくない服を買う
「――――どこがどうとかあるんで……か?」
思わずまた敬語を使いそうになる。
副ギルド長の上司感がすごい。
「ああ、これはすまない。君のような若い人に貢献してもらうことがないから配慮に欠けていた。選ぶのは自分にとって利になりそうな場所を選ぶといい。この先仕事に就きたい場所や、顔を繋ぎたい場所などだ」
国家安全局、国軍の魔獣対策部、学院の魔獣研究室と言っていたな。
だが、そんな小難しそうなところに就職できるわけがない。
異世界転生なんてしてしまってわけのわからない世界で小童姿の自分には、顔を繋ぐなんてのすら難易度が高い話だ。
「あの釣った魔獣を、どういう風に使うんだ? どこも同じように活用してくれるのか?」
「それぞれ多少用途は違うな。国家安全局なら魔獣の情報収集が主な用途に。国軍であれば情報収集もするだろうが、戦い方の研究に役立てるだろう。学院では飼って育てて繁殖研究などするかもしれない。礼金などは私が交渉するから、どこでも金額は同じになる――――と、そんなに悩まなくてもいいのだぞ。しかし……そうだな。コータス君は若いから、学院にするか?」
「あ、いや…………なら国軍にしてくれ。――――魔獣による被害が減るならうれしい」
ロベルト副ギルド長は、一瞬いたわるような目をした。
「――――わかった。ではそのように手配しよう」
明日の夕方にまた来てほしいと言われたので了承して部屋を後にした。
最後に神獣ちゃんをひとなで……と部屋の隅に控えていたギルドのお嬢さんに言われたので、好きなだけどうぞと差し出した。
シロは満足そうにしているし、お嬢さんはうれしそうだし、見ているこっちも幸せになるってもんだ。
ギルドから出ると日が高くなっていてなかなか暑い。
ミスティ湖は涼しかったから、しばらくあそこで稼ぐのもいいかもしれない。
そして、ふと服を買ってないことを思い出した。
革装備を買って満足して、すっかり忘れていた。
鹿革のシャツとパンツはあるけれども、下着は欲しい。
それに明日、もしかしたら国軍の人と会うかもしれないってことだよな。
それはもう少しちゃんとした格好をした方がいいだろう。ジャケットなんかはいらないけど、せめてヨレっとしてないシャツを。
俺は家に帰る前に、シリィたち狐っ子姉妹が言っていた市場の近くの服屋へ寄ることにした。
◇
「――――あれ! コータス! 買い物?」
市場前の道の向こうでシリィが手を振っている。
「ああ。服を買いに行くところだ」
「えー! あんなかわいくない店でいいの?!」
「俺がかわいくなってもなぁ」
「かわいいシロちゃんは、こっちにおいで~」
『ニャーン』
当然のように抱き上げるし、当然のように抱っこされるんだな。
しかも女子が相手だといつもより愛想よくないか? 俺は悲しいぞシロ!
シリィは薬草摘みに行ってきたところだと言っていた。早朝に摘むのがいいらしい。
そういえばテレビなんかで朝採れとか朝摘みとか謳っていたっけか。薬草も同じということなんだろう。
ちょっと話しているうちに店に着いてしまった。たしかに市場のすぐ近くだ。
中に入って納得。
これは作業着の店だな。かわいいには少し遠いかもしれない。
だが、エプロンは撥水加工してあるらしいものや耐火性のもの、大きさも色も様々なものが用意されている。
ものによってはかわいい気もする。
市場の店員さんたちには重宝するだろう。
そして釣り師向けらしきコーナーにはタンクトップと麦わら帽子が置いてあった。
――――夏はこのくらいでいいのかもしれないが、さすがにこれは…………。
見なかったことにして、普通の服がかけられている棚を見た。
老若男女が着られそうな、非常に無難な服が並んでいる。
そうそう、いいんだよ。普段着はこういうので。
その中から青、紺、茶、クリームの組み合わせで上下何着か選んだ。着回しがききそうな飽きの来ない色味。
サイズは今の体より少し大きめのものにした。これから大きくなるだろうし。
「…………うわ…………地味くさっ…………」
『ニャー(地味ですー)』
そこは落ち着いた色とか渋いとか言ってほしいところだぞ…………。
お会計をして次は市場へ行き、食材を買った。
空いているテナントスペースは休憩所に開放しているらしく、そこのテーブルとイスへと向かった。
屋台とかあれば買って食べることができるが、ここは調理済みを売っている店が少ない。そのまま食べられるものはパンくらいだ。
リュイデと行った公園にはいろんな屋台があったものだがなぁ。
買いこんだパンを皿に載せ、魔法鞄から出したスープをカップによそった。
まとめて作り置きしておいたスープは、手羽元を焼いてから煮込んであるから香ばしいダシが出ていて、野菜がゴロゴロしている。
シリィは遠慮していたけれども、骨付き肉に抗えなかったらしい。
「案内してもらったお礼だから、遠慮しないでいいぞ」
「……うん! 美味そー!」
うれしそうにシリィが頬張るのを見ながら、俺は野菜を細かくするだけの猫様の奴隷のお仕事をする。
シロはニャムニャム言いながら骨付き肉にかじりついている。
野菜は柔らかく煮込んであるけれども、大きいと猫には食べづらいからな。
『ニャムニャムニャムニャム……(野生を思い出します……)』
野生を思い出しますとか言っている時点で野生とはほど遠いけどな。野生ぶりたいお年頃なのかもしれない。
「――――お、楽しそうじゃねーか」
近くの店から顔を出したおっちゃんが、飲み物片手に近くのテーブルへ来た。
夫婦で野菜を売っている農家のおっちゃんだ。
前に話をした時に、朝採れた野菜を持ってここへ持ってきて売り、昼過ぎには帰っていくと言っていた。
奥さんの方は片づけしながら向こうのマダムと話しているのが見えた。
「ほら、おまえら、これやる。ちょっと傷付いてるけど、甘いぞ」
おっちゃんはそう言って、エプロンのポケットから出した赤い実をふたつテーブルに載せた。
トマトに似ているけど、質感が桃っぽい。
「やった! 赤ラペシュ好き! ありがと、おっちゃん!」
シリィの喜びようがすごい。しっぽがふぁさふぁさ揺れている。
俺もお礼を言ってから一口かじった。
「あまっ!! すごい美味いな?! なんだこれ!!」
ジュッと広がる甘酸っぱい果肉は桃に近い。香りはイチゴにも似ている。
これは俺でもしっぽあったら振るぞ。
残りの実は期待の視線を向けるシロにあげる。
「いやぁ、若い人がいると場が明るくなるなぁ」
おっちゃんは満足そうに笑った。
「ここもだいぶ店が減っちゃったからさ、活気もなくなってきちゃってねぇ。大暴風の前までは釣り師や漁師がいっぱい売ったり買ったりして、まぁ賑わってたもんよ。新鮮な魚を買いに王都の北からもお客が来てたし。屋台もあって美味いもの食べられたもんだ」
「そうなんだぁ……。わたしたちその後から住んでるから、知らなかったよ」
「シリィちゃんたち姉妹が来ると、みんなおしゃべりになっちゃってな。ほんとう、元気になるよ。そっちの神獣連れの子も最近来てくれるよねぇ。ありがとな」
「いや、こっちこそいつも美味しいものをありがとう」
「ははは、若いくせにしっかりしてんな」
おっちゃんはそう言うと店の方に戻っていった。
シロときたら口の周りを赤くしていい香りを漂わせうっとりとしている。
俺は次に赤ラペシュを見つけたら絶対にたくさん買っておこうと、心に決めたのだった。
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