釣り師、貴重な大物を釣ったらしい


「おう、少年。どした?」


「――――なんか釣れたんだけど……」


「あん? なんかってなんだ?」


「よくわかんないんだけど、長いやつ?」


「長い……? 沼ミミズか? ブレード魚か? まぁ、とりあえず出してみ」


「ここで出していいか?」


「おう、いいぞ」


「まだ生きてるんだけど」


「大丈夫、出してみ」


 ギルドのおっちゃんが大丈夫だと言うから、俺は闇クーラーボックスを開けてさっき釣ったのをひっぱりだした。

 途端に長い巨体が、目の前に現れる。


「うぉええええええええええええ?!」


「やっぱり、デカイな!!」


『ニャー!!(大きくて美味しそうですー!!)』


 改めてちゃんと見るとデカイぞ!! アナコンダって実物はこんなだろうか。

 薄く黄金色帯びた体が動く。

 まだ生きてるそれは弱っているはずなのにベシンベシンと地を打った。


「一旦、しまってくれ!!」


 言われてもう一度闇クーラーボックスにしまった。

 おっちゃんは、「あー……」といって空を仰いだ。


「――――さっき水音がしたと思ったのは、これだったか……」


「おっちゃん、驚かせてごめん。」


「いやいや、いいぞ~。子どもはやんちゃなくらいでいいんだ。で、ソレなんだがな――――多分、池の主だ」


 さもあらん。だってホントにリアルこいのぼりだ。

 ギルドのおっちゃんは、まぁ主って言っても何匹もいるんだけどよ。と続けた。

 この湖に棲んでいる魔獣でスワンプサーペントというやつらしい。

 姿を確認した者はいるが、最後に釣り上げられたのは数十年前のことなのだそうだ。


「ちょっと待ってろ」


 そう言い残すと、ギルドのおっちゃんはダンジョン転移門ゲートに入っていき、すぐに戻ってきた。

 それからしばらく待つと、これまでのおっちゃんとは違う、立派な装飾が付いた制服を着たおっちゃんが出てきた。鼻の上には銀縁眼鏡が光る。

 いや、これはおっちゃんっていう人種ではないな。

 制服もきちっと着て立ち姿もぴりっとして、もうなんというか他のおっちゃんたちとは雰囲気が違う。

 これはあれだ。上司って人種だ。

 ずっと俺の相手をしてくれていたおっちゃん中のおっちゃんが口を開いた。


「――――おう、副ギルド長」


 おっと、なかなかの上役が出てきたぞ。


「デッソ、お前が手に負えないとは、どんな問題が起こった」


「あー、問題じゃないけどな。ちょっとお偉いの手を借りた方がよさそうだったからよ。この子が貴重なヤツ釣りあげたんだわ」


「ほう、貴重な魔獣か」


「スワンプサーペントなんだが、多分、始祖に近い種じゃねーかな。俺は釣りの専門じゃないから断言はできねーんだけどよ」


 え、始祖に近い種って、それ聞いてないぞ。

 副ギルド長は眼鏡を指で押し上げて、俺をカッと見た。


「――――そんな大物をこの少年が、か?」


「おうよ。すごいだろ? しかも、まだ生きてる」


「…………それを先に言わないか。わかった、この件は私が預かろう」


 よくわからないけどこの先は副ギルド長の管轄のようだ。

 場所を変えようと言われ、転移門ゲートをくぐり冒険者ギルドへ戻った。




 ◇



 ギルド二階の応接室っぽい個室に案内されると、ギルド職員のお嬢さんがお茶やら菓子やらをテーブルに並べていった。接待か。

 色っぽい雰囲気のお嬢さんはお盆を胸に抱えて、カゴの中のシロを覗き込んでいる。


「猫ちゃんは何を食べるのかしら?」


『ニャニャ~ニャニャ~(そのカリカリお菓子をいただきたいです~。違うのもいただけるならかつおぶしを希望します~)』


 かつおぶしはないと思うぞ。


「そのお菓子がいいみたいだ」


「あら? 猫ちゃん、これはあなたにはよくないものも入ってるのよ?」


 ちゃんとシロに説明しているのがかわいい。癒されるなぁ……。


「あ、この子、普通の猫じゃないから大丈夫」


 カゴから抱き上げてびろーんと伸びた真っ白な体を見せると、お嬢さんも上司系紳士も目を丸くした。


「まぁ! 神獣ちゃんなのね!」


「――――そうか、道理でくしゃみが出ないはずだ」


「神獣ちゃん、抱っこさせてほしいわ?」


『ニャ~ニャ~~~~ン(抱っこしてください~。お姉さんふわふわいい匂いです~~~~ぅ)』


 前足を出して抱っこされにいったシロは、胸元に埋まって満足そうに鳴いた。

 くそ! シロめ! うらやましいぞ!


「――――私も抱っこしていいだろうか?」


 ぴしっとした上司系紳士がそわそわしながら「抱っこ」とか言うので、俺は思わず笑ってうなずいた。厳しそうな人かと思ったが、案外優しい人かもしれない。

 シロは高貴な猫ぶるけど抱っこ好きだからイヤとは言うまいよ。


「お……好きなだけどうぞ」


 思わず敬語が出そうになる。

 平民代表シリィたちの言葉遣いもぞんざいだから、それに近い感じにしておけば怪しまれないはずだと、今は意図的に雑な言葉遣いにしている。

 お嬢さんから副ギルド長に手渡されたシロはまんざらでもない様子で、撫でられている。


「――――おお、本当にくしゃみも出なければ涙も出ない……。やはり神獣というのは猫とは違うのだな」


 猫は好きだが具合が悪くなるので今まで触れなかったのだと、副ギルド長はうれしそうにした。

 神獣はどこにでも連れて行けると聞いてたけれども、アレルギーの心配がないからだという理由もありそうだ。


 そしてひとしきりシロを撫でて満足そうな副ギルド長と、互いに名乗りあった。

 副ギルド長はロベルト・ガルヴァナさん。特に言わなかったけれども、貴族なのではないかと思う。なんとなく優雅だし。


「――――さて、コータスくん。生きたスワンプサーペントを捕獲しているということだったな。それは大変貴重な研究対象だ。欲しいと言うところがいくつか思い当たるから、そちらに声をかけてみようと思う。国家安全局か、国軍の魔獣対策部か、学院の魔獣研究室か――どこか希望はあるか?」


 …………国家安全局……? 国軍……? 大層な単語が並んだぞ…………。

 希望って言われても、どういう所なのかさっぱりわからんのだが、どうすれば…………?


 俺は目を瞬かせながら、副ギルド長を見返したのだった。





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