釣り師、釣って釣って釣りまくる


 空がほんの少しだけ明るくなってきた。

 湖岸に灯ったぽつりぽつりとしたあかりで、湖の形が分かる。大きなあかりがある場所は町があるのだろうか。

 対岸のあかりは遠くに小さく見えた。


 ハッサムさんが開放感がないとか言うからどんな小さな湖かと思えば、かなり大きそうだ。学生時代に合宿で行った猪苗代湖くらいあるような気がする。


「これ、どこで釣ってもいいのか?」


「ああ、いいぞ~。ただ、森から出てくる魔獣に気をつけてくれな。釣りに夢中で背後の油断するヤツがいるから。普段はソロでも、ここではパーティ組んでる釣り師も多いんだぞ。あと、このギルド出張所の近くなら、すぐ応援に行けるからな」


「――――んー……。それはありがたいけど、わりと人の行き来があるよな。魔獣が近付かないかもしれないけど、魚……じゃなくて討伐対象も寄って来なくない?」


「う……。さすが、小さくても釣り師だな……。本当のところどうなのかわからないんだが、この近くは釣り師たちに人気はないのはたしかだ」


 まぁ、そうだよな。

 普通、釣りするならその辺は気にする。――――が、逆に釣る人が少なくていいのか?


「しばらく近くで様子をみながら釣ってみるよ」


「おう、がんばれ! ここで討伐対象の受け取りやってるから、釣れたら来いよ~」


 ギルド職員のおっちゃんに見送られ、俺は湖岸に近づいた。

 手にしたバスケットが動いた気配がしたので見ると、シロが湖の方をじっと見ていた。


『ニャ~(いますね~)』


「……いるのか」


 何かがいるらしい。何がいるのかは怖くて聞けない。

 なんで猫ってやつはどこかをじっと見たりするんだろうな?!


 考えていても仕方ないので、とりあえず釣り竿を魔法鞄から取り出し、シュンと振ってキャスト。

 すると、すごい勢いで糸が引っ張られていく。


 ―――――な、なんだ?! こんなぐいぐい糸が突っ込んでいくの初めてだぞ?!


 まるで目当ての獲物に向かって一直線というようだ……って、まさか本当にその通りなのでは?!


 不意にガツンと釣り晶への衝撃を感じた。

 釣り晶とは、たしかに魔力で繋がっているらしく、痛くはないが爪にかじりつかれたくらい近い感覚。

 いつもよりはっきりと感じるのは、今、俺が落ち着いているからか、それとも食いついた何かが強い生き物なのか。


 魔導弾が強すぎて口だけ釣りあげたのを思い出し、手加減して魔力を込め、飛ばす。

 魔力が糸を伝い、釣り晶の先で放たれた。


 ――――ドスン!


 鈍い衝撃。

 弱くなった手応えに魔力を引き寄せて釣り竿を立てると、オタマジャクシっぽいものがぶらさがっていた。

 ぬらぬらとした蛍光青緑で、フリスビーよりも大きかったけれども、多分オタマジャクシだと思われる。


 ……なかなかグロい……。


 いかにも「毒があります!」と主張しているような見た目で、グローブ越しでもとても触りたくない。

 幸いギルド出張所の近くで釣っていたので、そのままぶらさげて持ち込んだ。


「――――これ、釣れたんだけど、触っても大丈夫なものなのか?」


「おお?! 今のさっきでもう釣れたのか?! 少年、優秀だなー! こいつは外側に毒はないから触っても大丈夫だぞ」


 さっきのおっちゃんがグローブをはめた手でオタマジャクシを掴んだ。

 俺が竿に込めていた魔力を緩めると、ズルンと机の上に置かれた。


「討伐報酬は一律3000レトになる」


「へぇ、黒胴と同じか」


「少年、黒胴を釣れるんだな。そりゃなかなかの腕前じゃないか。もしかしたら湖の主まで釣っちゃうかもしれんな~?」


「……主なんてのがいるのか」


「いるらしいぞ。まぁ、スキルマスターかつ攻撃手段がしっかりある者じゃないと釣れないだろうけどな」


「スキルマスターって?」


「お、知らないか? スキルが上限の100になると、スキルマスターと呼ばれるんだぞ。釣りスキルの場合は、魔法なんかと比べると相当上達するのが楽なスキルだからな。マスターになって一人前。そこからが本当の勝負と言われてる。少年もがんばれよ」


「お、おう」


 言われるがままに、用意されていた情報晶へ身分証明具をかざすと、一瞬きらりと光った。

 これで討伐報酬の処理がされたらしい。

 本当に便利なもんだな。


 そこからは、釣って釣って釣って釣りまくった。

 オタマジャクシはおもしろいぐらいに釣れた。

 釣ってはひんやり闇クーラーボックスに入れ、何匹かまとまるとギルド出張所のテント下へ持ち込んだ。

 おっちゃんは途中から違うおっちゃんに変わった。


「――――うぉ、おまえ、すげーな!」


 もしかして釣り過ぎたか……?

 そろそろ日も高くなる。

 一旦、家に戻って飯を食べてくるのもいいかもしれない。

 最後にひと釣りして戻ろうと、俺は釣り竿を振った。

 相変わらず恐ろしい勢いで、釣り晶は驀進ばくしんし糸が伸びていく。

 バスケットで丸まっていたシロが、不意に起き上がり鳴いた。


『ニャ!!(ニャ!!)』


 同時に体と魔力を持って行かれる衝撃が襲う。


 ――――なんか、ヤバいものがかかった?!?!!!!!


 反射的にでかい魔力を押し込んだ。

 魔力は魔導弾となり、伝った。

 遠く湖の真ん中くらいでザバン!! としぶきが上がり、細長くでかそうなものが湖面からひと跳ねした。


『ニャ~!(立派なのです~!)』


 おお、こいのぼりがみたいじゃないか!!

 かっこいいな!!


 俺はこの場に大変そぐわない感想を抱いた後、容赦なくもう一度魔力を込め魔導弾を飛ばした。

 さすがに大物、二発でもおとなしくならない。

 横でシロが「ニャ~ニャ~(がんばれ~がんばれ~)」と気の抜けそうになる応援をしていてかわいおかしい。

 少し冷静になり、俺はもう一発魔力を叩き込み、魔導弾を飛ばした。

 抵抗する力が弱くなったところを引き寄せる。


(引け!!)


 魔力が通った糸は、自分の手足のようだ。まだ少し抵抗するこいのぼりを、きちんと湖岸へと連れてきた。

 ギラギラした体が長く湖面の中に見えている。

 引き上げるのは大変そうだったので、触れるところまで寄せて闇クーラーボックスの中へ移動させた。

 触るだけで中に入れられるから助かった。

 まだ生きていたけど、魔法鞄と違ってクーラーボックスの方には生き物も入れられるのも助かる。


 ――――あとはギルド出張所の方で開けて、どうしたらいいのか聞いてみよう。


 俺は大仕事後の安堵の息を、ふうと吐いた。





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