釣り師、詰んだ
「コータス! シロちゃん! 買い物に来てたんだね!」
「ああ。シリィも買い物か?」
「うん。パン買いに来たんだー。お姉ちゃんが帰って来るころにはお店が閉まっちゃうから」
シリィはそんなことを言いつつ、リュイデをじろじろと見ている。
リュイデも負けじと見返している。
「あー、シリィ。この子はリュイデ。俺の……友達だ。――――リュイ、この子はシリィ。近所に住んでる子」
「なんでその子は友達で、わたしは近所に住んでる子なの?!」
え、そこ?
「わ、悪かった。近所に住んでいる友達の、シリィ」
わかればよろしいとばかりにシリィはうんうんと頷き、リュイデは眉を寄せた。
「無理やり言わされてる……コータ、この子に弱みでも握られてる……? 君、背高いし年上だろ? 卑怯なことするなよ!」
「ひ、卑怯?! わたしのどこが卑怯なのよ! 年下のくせに生意気!」
「だってそうじゃないか! 脅して友達って言わせただろう?!」
「脅してないもん! 間違ってたから聞いただけだし!!」
『ニャ~?(けんかです~?)』
「シロも僕と同じこと思ったよね?!」
「シロちゃんは、わたしの味方だよね?!」
『ニャニャ~(おいしいものくれる人が正義です~)』
おおぅ……。
二人揃ったら賑やかだろうなとは思ったけれども、予想以上に賑やかだな!
「いや、リュイ。弱みは握られてないし、脅されてもないぞ。大丈夫。心配してくれてありがとな」
「ほら!」
「コータがいいならいいけど……」
二人とも納得してなさそうだったけど、まぁまぁとなだめつつ三人で海の方へ戻った。
――――あ、シリィはパン買うとか言ってたのに、よかったのか……?
少し心配だが、今さら言って追い返したいんだと誤解されるのもいやだから、放っておくことにした。
キャノピーの下に三人分の席を用意して、お茶の準備を始める。
「シロちゃん、こっちにおいでよ」
「シロは僕の方がいいんだって」
『ニャ~(どっちもなでるです~)』
二人は仲悪そうにシロと遊んでいるけど、そのうち打ち解ける――――かもしれない。
俺は鍋を魔コンロにかけて、湯を沸かした。
お茶はさっき勧められた大麦茶。ようするに麦茶だ。
俺は日本では大人だったからコーヒー、場合によってはビールや酎ハイが飲みたいと思うけど、この体のために健康に気をつかうつもりでいる。
子どもが飲む茶なら麦茶がいいよな。カフェイン入ってないし。
大麦を売っていた乾物を売っている
日本では麦茶パックを使ったら捨ててたから、もったいないことをしたかもしれない。
麦茶を煮出している間に買ってきた木の実入りの丸パンを横に切って、断面をフライパンで軽くトースト。
焼き目が付いたところへバターを載せて、はちみつをとろりとかけた。
『ニャーッ!!(ホットケーキですーっ!!)』
神獣や、子どもらより先に反応するんじゃないよ……。
「うわぁ……、おいしそう……」
「……コータって料理人だった? 昼の肉パンも美味しかったし」
お好み焼きもどきは肉パンで定着しつつあるな。
リュイデにちらりと目をやる。
――――記憶喪失は内緒な。
合図は伝わったらしく、リュイデも軽く頷いた。
「――――ほら。はちみつバターパンどうぞ」
黄金色の川が流れるパンにはナイフとフォークを添え、麦茶といっしょにそれぞれの前に置いた。
「……バターケーキみたいだ」
「豪華なパン……ナイフとフォークでパン食べるの初めて!」
「そのまま持ったら手がベタベタになるからな」
シロの分のパンを小さく切っていると、ちゃっかり俺の膝の上に来た。麦茶も水で薄めておく。余計なお世話かもしれないけど。
『アグアグアグアグ~(バターのコクと濃厚はちみつでリッチなケーキのようですね~。ナッツは香ばしく、バターの塩味が甘さを引き立てていい仕事してます~)』
怖い! うちのネコ、コメントが本格的になってきた!
シロの遠慮のない食べっぷりに背中を押されたのか、シリィとリュイデもナイフとフォークを手に取った。
「ウマ……っ!」
「カリッとしてじゅわっとする! 普通に食べるものなのに、こんな食べ方初めてだよ! コータってすごい!」
素直な賞賛がうれしい。
こんな簡単なおやつで喜んでよらえるなら、お安いご用だ。
「コータス、うちに来ればいいのに! わたしの弟になればいいよ!」
「な……っ! それなら僕のうちに来てよ! 僕の弟……兄? どっちでもいいからうちに来れば!」
「うちなんてお姉ちゃんがそう言ってたんだから! あんたのとこと違って本当に来てもいいんだからね!」
「うちの姉さんだって、コータのこと心配してるし!」
――――すまんが二人とも、その弟を蚊帳の外にしないでくれないか…………。
「コータスはうちのお姉ちゃんの方がいいよね?! 冒険者だよ?! かっこいいよ?!」
「うちの姉さんは治癒補師だから、コータの体見てあげられるよ。優しくて美人だし」
「うちのお姉ちゃんだって、優しいもん! そんなに殴らないもん!」
…………殴るのか。
「うちの姉さんは殴ったりそんな野蛮なことしないから! 怒るとすごい怖いけど時々だし!」
……すごく怖いのか……。
まぁ、姉ちゃんってのは怖いもんだ。身に染みて知っているぞ。
けれどもこれは、二人の姉ちゃんたちの名誉を守るべく、暴露大会になる前に止めるのが俺の使命だ!
「…………あ、どっちの姉ちゃんたちも素敵だと思うぞ……?」
どっちつかずのコウモリな俺を、シリィがキッとにらみつけた。
「わたしは?!」
「あ、ああ、か、かわいい」
「ちゃんとこっちを見て!」
「そんなわがままな人、コータだっていやだと思うけどな」
――――リュイデ!! 火に油を注ぐな!!
「うがーーーーっ!! じゃぁ、コータスはどういう子がいいっていうのよ?!」
うわ、シリィの狐耳がうしろに倒れてるぞ! めっちゃ怒ってる?!
「うん、ライバルになったら困るし、僕も聞きたい」
「あぁ?! なんでそんな話になった?!」
仲悪く揉めてたくせに、こうなると結託して好きなタイプとか聞いてくるから質が悪い。
好みなんて別に――――――――……。
唐突に思い浮かんだのは、海の女神だった。
恐ろしく整った美しい顔が、泣きながら俺の顔を覗き込んでいた。
思い出してしまうと胸が締め付けられて、ごめんごめんごめんと謝りたくなった。そのきれいな顔を泣かせたくなどなかった。
人間で言えば二十代前半くらいに見えたけど……。
そこまで考えて、はっと気づく。
現在のコータスの体、十二歳。
いくらきりっとしたイケ少年でも、二十代半ばのきれいなお姉さんが相手にしてくれるわけがない。
けれども、俺からしたら十代なんて子どもにしか見えない。ありえない。
え、何これ。俺、詰んだ?
今世も結婚とかしてみたい人生だったと、俺はしょんぼり肩を落としたのだった。
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