釣り師、魔法にびっくりどっきり
本日も朝早くから釣りだ。
今すぐ稼げる手段が釣りしかないとなると、仕事として釣るわけで。
好きなことは仕事にしちゃいけない、楽しくなくなる。なんて聞くが、『釣らなければならない』状況でも、今のところ楽しく釣らせていただいている。よかったよかった。
若干、現実逃避気味なのは否定できないがな。
まだ異世界で生きていくことに、マジで? と信じられない気持ちもある。
そんな簡単に、違う世界を受け入れられない。
でも生きていかなければならないのもわかっている。
心の方はゆっくり慣れていくしかないんだろう。
『ニャニャ~(今日はなんだか変な海です~)』
いつもは横で丸まって寝てたり、勝手に遊んでいるシロが、海の向こうの方を見ている。
なんとなく変なのは、俺も感じていた。
なんだろうな。このソワソワするような感じは。
そして、釣れない。さっぱり釣れない。
ここにきて、初めての
そんなぱっとしない朝だったが、昼近くに来客があった。
「コータ! 元気だった? ――――ああっ! ネコがいる!」
笑顔で手を振るのはリュイデだった。
そのとなりにはゼランニウムさんの姿もある。
緑髪の美形姉弟が遊びに来てくれたらしい。
「リュイも元気だったか?」
『ニャ~(遊んでくれてもいいです~)』
「コータスさん。その後、体の調子はどうですか? おかしなところはありませんか?」
治癒補師らしい挨拶に、俺は苦笑した。
「ゼランニウムさん、こんにちは。今のとこ大丈夫だと思う」
「そうですか。それならよかったです。何かあったら、軍治癒院でもうちの実家の治癒院でもいいので、いらしてくださいね。これは、うちの治癒院の
手渡されたのは硬貨ほどの大きさで、真ん中に穴が開いた焦げ茶色の石だった。
「記憶石は[転移]の魔法で使うものです。コータスさんが[転移]を使えるかどうかはわかりませんが、いざという時のために持っていてくださいね。――――それと、コータスさんが泊まっていいと言っていたとリュイデが言うのですが、本当にお願いしても大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。家の人が了承したらいいって言ったんだ」
「そうですか。では、弟をよろしくお願いします。家事はだいたいできますので、なんでも手伝わせてくださいね。では、私は帰ります。リュイデ、コータスさんに迷惑をかけないようにするんですよ」
「はい、姉さん。送ってくれてありがとう」
リュイデは胸元にシロを抱いてにこにこしながら、礼を言った。
「えっ、せっかく来たんだし、ゼランニウムさんもいっしょに昼食食べていけばいいのに」
「まぁ! コータスさんはいい子ですね。でも、二人で気兼ねなく遊んでください。それでは……――――[
控えめな清楚スマイルを残して、ゼランニウムさんはふわりと――――消えた。
「…………リュイさんや…………姉上様が消えてしまいましたよ…………?」
「ぶはっ。何、その町のじいちゃんみたいなの! あれは、[転移]の魔法だよ。魔粒代はかかるけどさ、すぐ移動できるんだよ」
さっきゼランニウムさんも言っていたな。[転移]とか記憶石とか。
俺がやっていたMMOにもあった。あったけど――――実際にリアルで起こるとびっくりするわ! うぉぉぉぉ。びっくりした…………。
「…………え、あれ、どこでも行けるのか?」
「目的地の記憶石があればね」
なるほど、記憶石は行先座標を記憶した石ってことか。
いや、マジで魔法すごいな!!!!
たしか魔法書は持っていたし、ちょっと本腰入れて魔法の勉強しよう。
「リュイもあの魔法使えるのか?」
「ううん……。まだ魔法スキルが足りなくて使えないんだ。[転移]は上級魔法だからさ、魔粒もすごく使うしそこまで上げるの大変なんだよ」
「そうか……。リュイですらそれじゃ、俺はまだまだだな」
「これ本当は聞いちゃだめなんだけど……コータ、魔法スキルどのくらい?」
「あー、60ちょっとだ」
「え! 結構魔法スキル高いんだ! もうちょっとで[転移]使えるようになるよ!」
「え!! マジか!!」
[転移]の魔法は、魔法書にはスキル85と書かれているのだという。
これは、ほとんど成功するスキル値が85だということ。ごく稀にでも使えるようになるスキル値はその20下くらいなのだそうだ。
ようするに、魔法スキル65あれば、確率は低いが[転移]が使えるということだった。
記憶石に位置座標を記憶させる[位置記憶]の魔法はもう使えるらしいので、この魔法を使ってスキルを上げていくといいらしい。
そしてスキル65を越したら、[転移]の魔法を使ってさらにスキル値を上げていくのだそうだ。
難易度が高い魔法の方が、スキルが上がりやすい。だけど、成功する可能性が0だとまったく上がらないと。
「――――でもね、成功するギリギリの魔法でスキル上げする方法は、魔粒の消費量がすごいんだよ。失敗しても魔粒は消費されるから。だからスキルの上がり方は早いんだけどさ、お金がかかるわけ。普通は、そこそこ成功するくらいで消費魔粒が少ない魔法でスキル上げするんだよ」
「なるほどなぁ……。スキル上げるのにも、やり方があるってことだな」
教えてもらえてよかった。
魔粒は魔法鞄に入っているけれども有限だ。お金だって節約するに越したことはない。
「僕の家は治癒院だからさ、上級の[治癒]の魔法が使えるようになるまでスキルを上げるんだけど。――――でも、ほとんどの町の人は初級魔法の生活魔法が使えるくらいしか魔法はやらないんだよ」
それ以上は魔粒代がすごくかかるからね。とリュイデは続けた。そして、ちょっと困ったような顔で首をかしげた。
「――――コータは、それだけ魔法スキルが高いってことは……普通の町の人じゃなかったのかもね……」
あ――――……。
俺は今まで、過去のことはどうせわからないからと、最初から知ろうとも思わなかった。
先の未来のことしか考えていなかった。
だが、この体にも歴史がある。
当然、コータスのことを知っている人もいるだろうし、もしかしたら訳アリの可能性もあるわけだ。
訳アリ。
――――暗殺者とかだったらどうするよ…………?! 組織から狙われていたり…………?!
「リュ、リュイ! 犯罪者だったりしたら、
「うん。多分、賞罰のところに何か書いてあると思うよ」
「なしって書いてあった……」
「それなら、なにもしてないってことだよ。――――あはは。すごい慌てておっかしい! コータが犯罪者なわけないのにさ」
「そ、そうだよな。ははは……」
本当にそうだ。
スキルにしても持ち物にしても、この子が持っていたものにあやしいおかしいところはなかった。
俺が信じないでどうするんだよ。
20歳以上も年下の子に笑われてしまった。
――――このコータスという子を知っている人がいる。そのことだけは忘れずに、恐れずにいればいいことだ。
下がっていた目線を上げると、リュイデに抱っこされたままのシロが『ニャ~(おなかがすきました~)』と鳴いた。
◇
昼食を食べて、市場へ買い物へ行った。
シロもいて、さらにかわいい男の子のリュイデも連れてとなると、モテモテモテモテってやつだ。
試食やらおまけやら、店の儲けを心配するレベルなんだが。
「――――市場楽しかったね!」
『ニャ~(イカおいしかったです~)』
今日はちゃんと、果実水だのお茶っ葉だの焼き菓子だのも買ってきた。
これでお客があっても安心だ。
――――けど、リュイデと狐っ子のシリィが鉢合わせたら、騒がしいだろうな……。
人はそれをフラグと呼ぶ。
二人と一匹がテントが見えるところまで行くと、その前で大きく手を振るシリィの姿があったのだった。
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