釣り師、お礼参りをされる


 次の日。

 シロをとなりで遊ばせながら釣りをしているところに、来客があった。


「お、シリィの言った通りだ! 小さいけど、なかなかかっこいい子だな」


「お、お姉ちゃん!」


 お褒めにあずかり光栄至極。

 本当にこのコータスくん、イケメンなんだよな。まだ若いのにキリッとしていて。洗面所で鏡に映るたびに、元の顔と違い過ぎて驚くよ。

 のっけから挨拶もなく、獣耳ちゃんに褒められた。

 悪気なさそうに、あっけらかんと言われたので、思わず笑った。

 となりで顔を赤くして姉の服を引っ張っているのは、昨日の泣き虫ちゃん。姉ちゃんの無遠慮に慌てているみたいだ。


「昨日は妹が世話になったみたいで、ありがとう。それに美味い肉パンも」


 そう言って笑顔とともに、ずいっと紙袋が付きだされた。

 泣き虫ちゃんと、その姉ちゃんがお礼に来てくれたらしい。

 二人は、先が黒で根本は薄茶色の獣耳も、キャラメル色の髪も同じでよく似ている。髪の長さが違って、妹は肩より短いけど、姉の方は肩を覆うくらい長い。

 昨夜は暗くてわからなかったが、目の色は姉妹そろってオリーブグリーンだった。


「おう、美味かったならよかったよ」


 手渡された紙袋を開けると、丸いパンがいくつか入っている。上に木の実が付いて美味そうだ。


「……こんな気を使わなくてもよかったんだぞ」


「いや、お礼はしたいし。本当に美味かったしなぁ~」


「美味かったよねぇ~」


 獣耳姉妹が揃ってにま~と笑った。

 笑うと八重歯――――ではなく、犬歯だな――――が、見えるのがなかなか物騒だがかわいい。

 俺も思わずつられて笑ってしまった。

 岸壁で立ち話もなんだし、シロを肩に乗せテントまで二人を案内した。

 キャノピーの下で、テーブルを囲む。そういえば、お茶もジュースもないな……。こういう時のために、今度お茶とお菓子を買っておくか。


 姉妹は、耳としっぽからの推測どおり狐獣人で、姉がナミル妹がシリィと名乗った。俺もコータスと名乗る。

 先に名乗ってももちろんよかったんだが、そうすると相手も名乗らないとならないだろうから、控えてた。ほぼ初対面の女の子に名前聞くとか、下手したら事案だからな。


 姉妹から話を聞くと、食うに困るほど貧乏というわけではないのだとか。

 弓が得意なナミルはソロでダンジョンに行って、魔獣や魔物を狩り、素材や魔石を取って売って生活しているとのことだった。

 昨日は、ナミルが食事を買って冒険者ギルドから帰ってくるのを、シリィが待てなかったという話らしい。


「裕福ってことはないけどなぁ。こんな港の近くの便の悪いところでもさ、孤児だから無料で住める場所もあるし。まぁ、姉妹なんとか暮らしていけるくらいは、稼いでるんだな」


 ナミルはしっかり者の姉ちゃんの顔をしていた。

 そうは言っても大変だろうよ。二人とも日本でいうところの中高生くらいだろうし。


「わたしも、薬草の採取がんばってるし」


 シリィも負けずに言うが、昨夜、採取も下手くそでって泣いてたの覚えてるぞ。

 ナミルはそんな妹を見て優しさをにじませた顔で笑った。


「そうだよなぁ。シリィの採取はちょっと遅いだけで、その分丁寧なんだよな」


「おー、そうか。仕事は丁寧な方がいいよな。速さは、経験でそのうちついてくるだろ」


 俺がそう言うと、ナミルが吹き出した。


「シリィが言ってたけど、本当、おっちゃんくさい!」


「ねー、おっちゃんくさいよねー」


 くそ、中身がおっちゃんなんだから仕方ないんだよ!

 そんなこと言うと、もっとおっちゃんくさく世話を焼くぞ。


「そろそろ昼も近いし、飯食っていくか?」


 シリィは目を輝かせ、ナミルは困ったという顔をした。


「お礼を持ってきたのに、またごちそうになるわけには……」


「たいしたもんは出ないぞ」


「ネコちゃんと遊んでていい?」


『ニャ~(遊んでください~)』


「いいぞー。遊んでやってくれ」


 遠慮する姉とマイペースな妹にシロの相手を任せ、まずはいただいた手のひらサイズの丸パンを、上下二つに切った。

 木の実入りのライ麦パンに似た、黒パンだ。

 マリリーヌさんにいただいたのもこういうパンだったし、このあたりでは黒パンが主流なのかもしれない。


 魔コンロの上にフライパンを置き、油を引かずにパンの切った面だけをトーストしていく。

 人数分焼いたら一旦皿にあげて、油を多めに入れて卵を四つ割り入れた。

 ジュワーッといい音がして、香ばしい香りがたつ。

 卵の上に塩少々をパラパラ。そして弱火でじっくりと片面焼きの目玉焼きを作っていく。


 焼けるの待つ間にサラダを作ってしまう。といっても、葉物野菜を[洗浄]の魔法で洗ってちぎって、皿に載せたらマヨネーズをかけるだけだけどな。

 パンにもマヨネーズを塗り、焼けた目玉焼きを載せて挟んだらできあがりだ。


「ほら、できたぞー」


 二人の前に皿と水を入れたカップを置く。

 シロの分は小さくちぎって皿に入れた。


『アグアグアグアグ(卵とマヨの相性は最高です~! コショウがあれば言うことなしです~)』


「美味ぁいー! ナニコレ卵がトロッとジュッってなるよ?!」


「美味いっ! パンに卵を挟むとか、天才か?! うちの弟にならないか?!」


 ならないぞ。

 シロがよくわかっていて怖い。なんなの、うちのグルメネコ。

 それに引きかえ狐っ子たちのリアクションのかわいさよ。

 そういう反応だと、美味いもの食べさせたくなるよな。


 二人は満足そうな顔で、この後買い物に行くのだと言った。

 服を買いに行くらしい。

 俺も服を買わないとと思っていたので、店の場所を教えてもらった。


「安い服なら、市場の近くの店で買えるよー。かわいくないけど」


「種類もそこそこ多いな。かわいくないが」


 彼女たちには、かわいいが大変大事なようだ。

 服はかわいくなくていいから、そこに行ってみるとして。

 治癒院で気付いた時にはだめになっていた革の防具の代わりも欲しいと思っていた。


「昨日シリィが付けていたような革鎧は、どこで売ってるんだ?」


「ああ、武器防具は冒険者ギルドの近くに店がたくさんあるんだ」


 ――――冒険者ギルド!

 ファンタジーものの王道! 冒険と物語はそこから始まる!

 それはぜひ見学したいぞ。


「コータスは釣り師なんだよな? それじゃ冒険者登録するといいんじゃないか。地底湖があるダンジョンは、釣り師も結構来てるぞ」


「へぇ……それは楽しそうだな」


「登録料はかからないしねー。近くまで行くなら寄ってみるといいよー」


 登録料は無料なのか。

 なかなかいい話を聞いた。

 俺は、近々服と鎧を買いに行くことと、冒険者ギルドへ行くことを予定に入れたのだった。





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